プール
ボーダー本部で「プールに行きたいけどこの歳で市民プールにも行きづらいよね~」と望と話していたところに偶然通りがかった来馬が「うちにプールあるけどよかったら今度来る?」と菩薩のようなことを言ってくれたため、20歳組全員で来馬邸に遊びに行くこととなった。
来馬以外の皆とは最寄り駅で待ち合わせをしたのだが、一番先に来ていた二宮は全員から大バッシングを受けることとなった。
と望は服の下に水着を着ているし、太刀川と堤はズボンの代わりに海パンをそのまま着てきている。しかし二宮は「この歳で半ズボン丈のものを履いて外を歩けるか」などと訳の分からないことを主張してこのアホみたいに暑い中ジーンズを履いてきていたのだ。馬鹿だと思う。
色々と騒がしく話しながら辿りついた鈴鳴支部近くの来馬邸は
たちの眼前にそびえたっている。来馬の誕生日会であったり単純にみんなで遊びに来たり、同期で来馬の家に来るのはこれが初めてではないのだが、
はこれほど「宅」ではなく「邸」という呼び方が似合う家を他に知らない。他の皆も同じことを思ったようで、太刀川は目の前の立派な門を掴んで眼前に広がる庭を覗き込み、堤は太陽の光を遮るように目の上に手をかざしてそびえる豪邸を見上げた。
「相変わらず来馬邸の門デカいな~」
「そして門から玄関の扉までが遠い……!」
「おい太刀川、人様の家の門にしがみつくな」
男三人を優雅に無視して望がインターホンを押す。単なるチャイムさえ高貴で重厚な音に聞こえるな…なんて頭の悪いことを思いながら応答する来馬の声を聞いた。ほどなくして門が自動で開く。玄関扉からではなく屋敷の裏、庭の向こうから現れた来馬は手を振りながら
たちの方に歩いてきた。
「皆! こっちこっち」
にこにこと手を振る来馬はTシャツに海パン姿だ。やはり二宮だけ頭がおかしい事が確定した。
「あら、来馬くん。そっちにいたのね」
「お前今インターホン出てなかった? どういうこと?」
望と太刀川の言う通りだ。チャイムに応答したのは来馬だったから、
もてっきり家の中から出てくるかと思っていたのだけど。最もな疑問に来馬は振っていたのと逆の手に持っているリモコンのような形のものを見せた。
「ああ、子機で答えて門を開けたんだ」
「子機……?」
疑問符を受かべる太刀川に二宮が心底信じられないといった顔で一歩距離を置く。
「お前子機も知らないのか」
「いや子機は知ってるけどインターホンに子機があるとは知らなかったんだよ。金持ちやべーな」
恐れ入ったという風な太刀川に堤と
も頷いた。もしかして家族全員がインターホンの子機を持っているんだろうか。
件のプールは屋敷の裏にあった。来馬に連れられて裏庭に周り、並々と輝く水をたたえた大きなプールを見た
達は歓声を上げた。二宮でさえ声はあげないものの目を見張っている。いつもはあくまで来馬邸の中(リビングや来馬の部屋)にお邪魔するから裏まで回ったことは無かったのだ。
「これはテンション上がるな」
太刀川が嬉々として着ていたアロハシャツを脱ぎ捨てた。確かにこれはテンションが上がる。まるで海外ドラマなんかで見るお屋敷にでも来たみたいだ。ヒゲにならって堤と望も持っていた荷物をプールサイドに置き、水着姿になる。
も三人に続こうかと迷ったけれど色々と準備するものもあるだろうと思い、一人普段着の二宮に着替えることのできる場所を教える来馬の肩を叩いた。
「何か用意するものとかある? 手伝うよ!」
「ありがとう」
微笑んで「じゃあタオルと浮輪を持ってこようか」と言う来馬の後ろについて屋敷の中に向かった。皆がプールに夢中なおかげで二人きりになれるなんて運が良い。
「
さんも水着は着てきたの?」
「うん! この下に着てるよ」
今日着てきたのは先日望と一緒に選んだものだ。「せっかくの機会なんだから来馬くんに精一杯アピールするのよ」とのお言葉に、恥ずかしいながらもビキニにした。
も腐ってもボーダー隊員なのでそこまでみっともない体型はしていないと思うけれどスタイル抜群の望と並ぶのは中々勇気がいるので、来馬が誘ってくれた日から今日まで密かに毎日腹筋とロードワークを頑張っていた。乙女の恋心は健気なのだ。
「そっか。じゃあ二宮くん以外皆着てきたんだね」
「二宮は変なとこでカッコつけだから」
道中で半ズボンみたいなものを履いて歩けないなんて二宮が言っていたことを教えると来馬は声を上げて笑った。
談笑しつつタオルに浮輪、飲み物なんかを持ってプールサイドに戻る。
たちが離れている間に、皆既に盛り上がっているみたいだった。
「にしてもお金持ちなのは知ってたけどまさか家にプールまであるとは……」
持参したフロートに乗って優雅に浮かぶ望、一度プールから出てプールサイドから走って飛び込もうとしたものの縁で足を滑らせ頭から水に落ちた太刀川、近くを泳いでいたせいで太刀川からヘッドバットを食らいブチ切れている二宮、それを必死になだめようとする堤を眺めながらしみじみと呟いた。この無秩序感がこの同期たちの良さだと思う。
「本当にありがとね、他のお客さんとか気にしなくていいからすごく楽しい!」
「喜んでもらえて良かった」
改めてお礼を言うと、来馬は激しい水しぶきを上げている男3人に苦笑しつつ首を振った。変に偉そうにしたり恩着せがましくないのが来馬の本当にいいところだと思う。ただ皆と遊べて楽しい、皆に喜んでもらって嬉しいと素直に思う心根が眩しいくらいだ。
「長い夏休みだし、いつでも遊びに来てね」
快くそう言ってくれる来馬に笑顔で頷いた。と言っても来馬の家にばっかりお邪魔するのは申し訳ないから、色んなところに行きたい。皆で色んなイベントを楽しむのだ。
「ありがと! やっぱり夏はいいよね。プールに海に花火にバーベキューに……楽しめるものがいっぱい」
何しろ大学生の夏休みはびっくりするくらいに長い。2ヶ月近い休暇の間に何ができるだろうかと考えるだけで楽しくなってくる。高校の頃と違って宿題も無いのが最高だ。ボーダー任務やランク戦をこなしつつ遊びまくるしかない。
「海もいいね。今度行かないかい?」
「行く! 皆いつ空いてるかな」
同学年かつボーダー隊員ということでこのメンバーではなんだかんだよくつるむし、きっと海にも一緒に来てくれるだろう。プールで楽しそうな4人を見ながらそんなことを思う。そういえば今年もボーダーは海での合宿を開くって言ってたっけ。鈴鳴も玉狛も皆参加する、合宿と言っても楽しい催しだ。
「……み、皆で行くのもいいけど、良かったら」
「ん?」
うきうきと考えていたら来馬の声のトーンが変わるのに気づいてそちらを向いた。
「……ぼくと、二人で海に行かない?」
「えっ」
「良かったら、だけど」
真っ直ぐに
を見る来馬の頬はかすかに赤い。まさか2人きりでのお誘いを受けるなんて少しも思っていなかった
はぽかんと口を開いた。真剣な目にじわじわと顔が熱くなる。
「……行く」
なんとか絞り出した蚊の鳴くような声での返事は騒ぐ太刀川と二宮の声にかき消されたかと思ったけれどちゃんと届いたようで、来馬は赤い顔を緩めて安心したように笑った。やっぱり夏は最高だ。