肝試し

 夏休み。高校最後のインターハイが終わってから少しして皆の気持ちの整理がある程度ついた頃、最後の夏なのだしチャリ部の3年生皆で一緒に何かしようという提案が部活中に持ち上がった。そこまでは良い。実際も良いアイディアだと思ったし、皆久々の明るい話題にテンションが上がっていた。
 問題はやることになったのが肝試しということだ。しかも近くで幽霊が出るだとかなんだとかいう噂がある、不必要に雰囲気のある場所で。お前本当にふざけんなよという感じだ。何故そこで皆で海に行くとかにならないのか。何故肝試しなのか。
 は幽霊だとかお化けだとか、とにかくそういう心霊現象関連の映像や催し物が大の苦手だ。夏によく放送される心霊特番は絶対に見ないし、これまた夏によくやるホラー映画の地上波放送も絶対に避ける。お化け屋敷なんて死んでも行かない。つまりは臆病でビビりなのだ。だから肝試し前日にはよっぽど当日病欠(虚偽)をしようかと思っていたのだけど、高校最後の夏の思い出の日に病欠(嘘だけど)をするのも悲しいな……と思い、気乗りしないながらも覚悟を決め肝試しの会場となった場所へ行くことにした。結果、その決断をした自分を褒めたたえることとなった。肝試しのペアが長らく片思いをしてきた福富になったのだ。
 くじを引いた後同じ番号の人を探していた時に福富がこちらに向かってきて、①と書かれた紙を見せてきた瞬間心の中でガッツポーズをした。男女で肝試しのペアになるなんてそんなの最高のチャンスでしかない。まあ女子はマネージャーの1人だから、は絶対男子とペアになるんだけど。まあそれは置いといて、きっと神が勇気を振り絞って肝試しに参加することを決めたを評価してくれたのだ。「よろしくね」と福富に言った声はもしかしなくても喜びが抑えられていなかったと思う。

 しかし脅かす側(1、2年)の準備が整うを待つ間、だんだんとは冷静さを取り戻してきていた。福富が一緒にいてくれても怖いことに変わりは無いし、そういえばはかわいい怖がり方のできる女ではなかった。「キャー!」というような悲鳴も上げられず無言で息を詰まらせてしまう女だった。本当に怖いと声が出ないのだ。ただ無言で飛び上がることしか出来ない。これから行くのは遊園地のお化け屋敷ではなく素人の主催するもので、脅かしてくるのは同じ部活の後輩と分かっていても怖いものは怖い。しかもと福富は一番手だ。事前情報が何も無いまま行かなければならない。

「なんで肝試しなんてするの……? 涼を求めるなら冷房の効いた部屋にいればいいじゃん」
「落ち着け」

 最初はただ雑談をしていたものの恐怖に耐えられず元も子もないことを口にしたの肩を福富は軽く叩いた。いつも通りの無表情でをたしなめる顔にも口調にも恐れは感じられない。凛々しい横顔に見惚れながらも思わず尋ねた。

「福富は幽霊とか怖くない?」
「幽霊も何もこれから先にいるのは泉田や真波だぞ」
「そうなんだけど……」

 こういったことをすると良くないものを呼び寄せる気がして怖いのだ。肝試しが終わった後に「あそこの脅かし方が怖かった!」と脅かす側の方に言ったら「え? そこには誰もいなかったはずですけど……」と言われて皆でゾッとする、みたいな怪談話はよくある。ただでさえいわくつきらしい場所の近くなのだ。怯えるのは許してほしい。

は苦手なのか? こういうのは」
「苦手だね……肝試しもお化け屋敷もホラー映画も」
「そうか」

 短い相槌からその意をくみ取るのはなかなか難しい。ただ了解したという意味の「そうか」なのか、面倒だという気持ちを込めた「そうか」なのか、それとも更に何か違う感情を表現しているのか。そこまで嫌そうな響きではない気がするものの、もし違う奴とペアになっていれば良かったと思われていたらどうしようと不安ばかりが胸に募る。肝試し自体に対する不安と福富の感情に対する不安で頭がいっぱいだ。恐らく最初に福富とペアになれると分かった時とは比べ物にならないくらい表情が硬くなっているだろう。

「ごめんね、多分すぐ驚いたり怖がったりしていっぱい迷惑かけちゃうと思う」

 先に断りを入れておいた方がまだマシかもしれないと思ってそう言うと、福富はを見て首を振った。

「構わない。誰にでも苦手なものはある」

 静かな返事にどうしようもなくほっとする。……そうだ、福富のこういった実は優しいところがどうしようもなく好きなのだは。

「ありがとう」

 安心から自然と笑顔になる。始まる前に少し心に余裕ができて良かった。そんなを見て、福富もかすかに表情を変えた。

「危険な目には合わせない」

 厳格さを示すようにいつも寄せられている眉がほんの少し緩められて、笑顔とまではいかないまでも少し鋭さが緩む。見つめる瞳はどこまでも優しい。3年間一緒にいても滅多に見られないレアな表情に思わず息を止めた。

「オイそこの2人、仲良くしてるとこワリーけどそろそろ始まんぞ」

 少し離れたところに立っていた荒北の面白がっているのを隠さない声に、慌てて合わせた目線を外した。