冷やし中華

 冷たいものが一際美味く感じる季節になってきたわけだが、ここ最近毎日のように冷やし中華を買っていく客がいる。レジに商品を出す際には「お願いします」、俺が袋に入れた商品を渡す際には「ありがとうございます」との挨拶を欠かさない愛想良いその客を俺は密かに「冷やし女」と心の中で呼んでいた。……あまり聞こえは良くないが、別に迷惑な客だと思っているわけではない。むしろ彼女を見ると「今日も来てくれたな」と少し安堵するくらいだ。
 しかし、ここ一週間ほどその女はスマイルマートに訪れていない。名前も知らない彼女と俺との関係はあくまで店員と客というものに過ぎないが、なぜか調子が出ずにいた。

「いらっしゃいませ」

 深夜、客が1人もいないからと賞味期限の切れた商品を下げている最中に入店の音楽が流れて声を張り上げた。入り口が見えない位置の棚にいるせいでどんな客が来たかはわからない。この時間帯は頭のおかしい奴が来る確率が高いから、早くレジに戻ろうと作業の手を早めた。もちろん変な奴ばかりではなく、まともな客もたくさん来るが。深夜はあまり混まないので、大体の場合俺は一人で店内を切り盛りすることとなる。一応裏に店長はいるが、基本的に俺が呼ばない限り出てこない。だから、変な客であろうとまともな客であろうと俺が戻らなければレジを打つ奴がいないのだ。そういえば冷やし女もいつもこのぐらいの時間に来ていたな、と思いつつカゴに入れた商品を裏に下げた。
 作業を手早く終えレジに戻って少ししてから、先程来た客がこちらに向かってくるのに気づき顔を上げる。

「いらっしゃいませ、おあずかり……」

 言い切る前に言葉を失った。

「お願いします」

 会計に来た先程の客が、冷やし女だったからだ。にこりと笑って女がカウンターに乗せたのはもちろん冷やし中華だ。

「いろんなお店の冷やし中華を試してたんですけど、ここが一番美味しくて」

 固まったままの俺に弁明の言葉が紡がれる。数秒の間を空けてから我に返って接客を続けた。

「……そうですか、ありがとうございます」

 最近来ていなかったのは他のコンビニに行っていたからだったのか。納得して冷やし中華をレジに通す。軽い電子音が鳴って、画面に値段が表示された。

「一点で480円になります」

「はい」

 納得しつつも、俺の胸にはなんとも言えないもやが広がっていた。もし他の店の冷やし中華の方が旨かったら、この女はもうここには来なかったんだろうか。いや、別にだからどうというわけではないんだが。単純に、定期的に金を落としてくれる客がいるのはありがたいから、それが無くなったら困るというだけだ。多分。
 ぶつぶつと心の中で言い訳をしつつ商品を入れるための袋をレジの下から出す。

「それに、お兄さんの顔見ないとなんだか調子でなくて」
「……は、」

 心を無にして接客を続けようとしていたのに、彼女は500円玉をカウンターに置いて照れたように笑うから、思わず袋に入れようとしていた冷やし中華を落としそうになった。