扇風機

「うわ、さん」
「ご挨拶だな」

 用があって遊びに来た風間隊作戦室のドアを開いたのは菊地原だった。の姿を認めると同時に生意気な口から飛び出した言葉に、茶色い前髪の合間をこつんとつつく。事前に菊地原が作戦室にいるかどうか連絡して確認したんだからが来ることは予想がついただろうに相変わらず生意気な奴。軽くつつかれた額をさすって「乱暴だな」なんて言う彼に続いて作戦室の中に入った。

「ソファ座ってて」
「ありがと。あ、そんな長居しないのでお構いなく!」
「何も出さずに帰したって知られたらぼくが怒られるんで」

 勧められるままソファに座るを置いて菊地原は給湯スペースへと向かう。何か用意してくれる気なのかと思い慌てて背中に声をかけるとそっけない返事が返ってきた。風間さんや歌川や三上ちゃんに、ということだろうか。別に監視カメラが付いているわけでもないんだから気にしなくてもいいだろうに……。しかし好意を無下にするのも悪いから、大人しくお礼を言って座ったままでいた。

「どうぞ」
「ありがとう!」

 少ししてから前に置かれたのは牛乳と高級そうな大福だった。確か風間さんが牛乳好きだった気がするから常備してあるんだろう。大福は三上ちゃんの好物なはず。最初遊びに来たを見た時には「うわっ」とか言ってきたくせにいざお邪魔するとこうやっておもてなししてくれるのが菊地原のかわいいところだ。

「で、なんか用だったんですか」
「あ、そうそう! これあげる」

 目の前のお菓子に意識を奪われそうだったところを指摘されて、服のポケットを漁る。取り出した小さな包みを向かいのソファに座る菊地原に手渡した。開けてみて、と促す。

「……何これ」

 受け取った袋のリボンを解いて出した小さな扇風機を見て、菊地原は訝しげな顔をした。手持ちのミニ扇風機は風間隊の隊服と同じ冴えた青をしている。

「いや、髪長いから暑そうだな~って前から思ってて。先輩からのプレゼント」
「……」

 じとりとした三白眼がこちらをねめつけるのにひらひらと手を振った。そのまま前のお皿の大福に手をつけて一口頬張ると、控えめな優しい甘さが口に広がる。うん、やっぱり美味しい。そしてまた牛乳と大福が絶妙にマッチする。感動しながらありがたくもぐもぐと咀嚼を続けた。

「これ手持ちできるのはもちろん、自立もするんだよ!」

 が大福を食べる間も菊地原は相変わらず胡散臭そうにミニ扇風機を見つめるから、手についた大福の粉をお皿に落として、一度渡したそれをまた彼から受け取ってテーブルに置いた。スイッチを付けると小さな羽がブイイイイと音を立てて風を送る。

「あとこれソーラー電池だから充電しなくていいの! すごいでしょ!」
「何興奮してるんですか」
「いやもうさー、見つけた瞬間これは絶対菊地原にあげるべきだって思って!」

 今日の昼に小物屋さんで涼しい色をしたこのミニ扇風機を見た瞬間、菊地原のことが頭に浮かんで即座に購入を決めたのだ。彼がサイドエフェクトのせいで髪を伸ばしているのは知っている。音からトリオン兵の材質が分かるレベルの聴覚が1センチあるかないかの髪の壁によって阻害されるかは微妙だけど、こういうのは半分以上気持ちの問題だ。だからいくら暑くても、耳を隠すために菊地原は後ろ髪を結ばない。でもやっぱり暑いものは暑いだろう。そう思った先輩からのささやかなプレゼントだ。

「トリオン体の時は別に暑さは気にならないだろうけど、普段はそうもいかないでしょ? 良かったら使って」
「お節介だなぁ」
「またまた~」

 菊地原は面倒そうに言いながらもミニ扇風機を手に取って、自分の顔の前にかざした。強い風圧が肩まである髪をなびかせる。吹きつける風に少しだけ目を細める様が猫みたいでかわいい。

「……まあ、ありがとうございます」

 もしかして迷惑だったろうかと少し心配になったけど、顔にかかる髪が風に吹かれて見えた耳が赤くなっていたから多分大丈夫だろう。かわいい奴だ。