夏風邪

 個人ランク戦をある程度して、そろそろ自分の隊の作戦室にでも行こうかとボーダー本部の廊下を歩いていると前の方に同期がいることに気付いた。

「諏訪!」

 防衛任務帰りだろうか。後ろから声をかけると、振り返った諏訪はいつも通り咥えタバコをした口元を緩めて笑った。

「おー。トリオン体なの珍しいな」
「えっ? あ、うん、そうだね」

 立ち止まった諏訪からの予想外の言葉にぎくりと固まった。ボーダー隊員には「割といつもトリオン体派」と「割と生身派」が存在するのだが、は断然生身派なのだ。以前はそんなこともなかったのだけれど、同期の雷蔵がトリオン体で食事をしまくりどんどん太っていくのを目の当たりにして恐怖を覚えてからは基本的に生身でいる。いくら食べても満腹中枢が刺激されないというのは年頃の女子として非常に怖い。
 そんながランク戦会場にいるわけでもないのにトリオン体でいるのは、確かに諏訪の言う通り珍しい。しかし、まさか指摘されるとは思っていなかったのでどもりながら返事をすると諏訪はすうっと目を細めた。

「……なんだその反応。お前何か隠してんだろ」

 問いではない、ほぼ断定の形をした強い言葉にぐ、と詰まる。いつも大雑把で適当なくせに(まあそこが諏訪の良さなんだけど)なんでこう変に目ざといんだ。

「え? 隠すことなんてないよ」

 目を逸らして我ながら嘘くさい返事をするも、諏訪は完璧にそれを無視して顎に手を当てた。

「そういや昨日少し咳してたか? もしかして夏風邪引いたのか」

 思わず顔を引きつらせる。慌てて表情を引き締めるも、既に目の前の男は納得がいったという顔をしていた。

「図星だな」
「目ざとすぎ……」

 確信を込めて言われたらもう隠せない。眉間を押さえて呻いた。諏訪の言う通りだ。夏風邪を引いてしまって体がだるいし少し熱もある。でも本当にひどい風邪なわけじゃないし、家にこもっていても気が滅入る。だから、基地に来て不調を感じさせないでくれるトリオン体でいたのだった。

「なんで気付くかな~」

 声をかけられたときの反応は我ながら分かりやすすぎたかもしれないけれど、昨日生身で諏訪隊作戦室にお邪魔してだらだらした時にそこまで咳をした覚えはない。声だってほとんど普段と変わっていなかった。ため息をつくと険しい顔をされる。

「さあな。つかお前今個人ランク戦の方から歩いてきたよな? バトってねーでさっさと家帰って休め!」
「……はーい」

 怒られてしまった。珍しく本気のトーンに肩を落とすと、諏訪は少し表情を緩めた。

「……家まで送ってやるから」
「え、いいの?」
「病人だからな」

 別にトリオン体のまま家まで帰れば辛くもないのに。そしてそんなこと諏訪も分かってるはずなのに。相変わらずなんだかんだ優しい。ちょっと嬉しくなって、基地の出口の方へと歩き出す諏訪の横に並びその腕をつついた。

「家に上がってくれてもいいんだよ」
「お前な、付き合ってもない男にそういうこと言うな」

 見上げた横顔と耳は赤い。