※スマボの夏の強化合宿ネタ


「やっぱりさ、少しは泳げるようになった方がいいと思うよ」
「別にいい」

 口をへの字にして答える、いつも通り帽子をかぶったままの荒船にため息をついた。
 せっかく海辺でボーダー強化合宿を行っているというのにこのかなづちは頑なに海に入ろうとしない。訓練の合間、皆楽しそうに水着姿で遊んでいるからだってそこに加わりたいというのに、荒船が「お前まで俺を置いていくのか」とか鬼気迫る顔で言ってきたせいでこうしてパラソルの下で体育座りすることを余儀なくされている。補足しておくとは普通に泳げる。別に日焼けしたいわけでもないのになんで水着で浜辺にいなきゃいけないんだろう。ちなみに荒船はトリオン体で隊服姿だ。長袖が暑苦しい。

「ちょっとも泳げないの?」

 水までは結構距離があるのに、荒船は赤と白のしましまうきわ(合宿訓練の報酬である)を離そうとしない。あまりにも警戒しすぎではないかと思って尋ねた。かなづちとは知っているけれど、「泳げない」というのにも度合いがあるだろう。数mぐらいなら大丈夫、とか、水に浮かないから無理、とか。

「水に顔つけるだけでも割と無理してる」
「マジか……」

 硬い表情で言うのにまで神妙な顔になった。そこまでとは。まあ顔が良くて勉強もできて、剣も狙撃もマスタークラスの荒船だ。完璧すぎるよりは少しぐらい苦手なことがあった方が親しみやすいかもしれない。でもそこまで水がダメだとこの先色々困ることがありそうだ。そう思って、帽子のつばで影のできた顔を覗き込んだ。

「どうすんの、もし荒船の好きな女の子が海好きだったりしたら。こんだけ水嫌がったら絶対仲良くなれないよ」

 まあそもそも荒船に好きな子がいるかどうかすら知らないんだけれど。例えの話だ。それに今いなくても、この先好きになった子が水泳が趣味なんてこともあり得る。もっともらしく理屈づけるとこちらを向いた荒船はしかめっつらでを睨んだ。険しい表情だけどうきわを大事そうに抱きしめているからちっとも怖くない。

「なんだよ、お前海好きなのか」
「え、? まあ好きだよ! 海綺麗だしテンション上がる」

 を例にするのか。泳ぐのが好きかと言うと普通ぐらいだけれど、水辺で皆とキャーキャー騒ぐのが楽しいのだ。海でもプールでも、川でも湖でも。そう言うと荒船は更に眉間の皺を深くする。

「じゃあ泳げない男は嫌なのかよ」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。誰にでも苦手なものはあると思うし」

 さっきも思ったけれど、少し隙があるくらいの方が好感が持てるというものだ。完璧な人には近づきがたいし。そう思って否定すると、ほっとしたように荒船は顔を緩めた。

「なんだよ、じゃあ別に俺も泳げなくていいな。問題が解決した」
「……は? は!?」

 隣の男が涼しい顔で意味の分からないことを言うから一瞬ぽかんとする。数拍遅れて言葉の意味を理解して、思わず立ち上がった。勢いよく動くのに足元の砂が舞い上がる。

「な、何言ってんの!?」
「心配すんな、別に一緒にプールぐらい行ってやる。俺は入らないが」

 半分パニックになりながら叫ぶに対して、こちらを見上げて嫌みったらしいくらいに男らしく笑う荒船はどこまでも余裕たっぷりだ。じわじわと顔が熱くなるのに耐えられなくて、パラソルの下から駆け出して海へと向かった。

「あ、おい!」

 背中にかかる焦った声を無視して波間に飛び込んだ。顔の赤みが引くまで絶対浜辺には戻れない。
 何度も名前を呼ぶ声が後ろから聞こえるけど振り向いてなんかやらない。さっきまで普通に喋ってたのに急にキザな告白しやがって。ざまあみろ、泳げないからこっちまで来れないでしょ。