宿題

「米屋の宿題手伝ってると『ああ、今年も夏の終わりが近づいてる』って実感するわ……」

 自隊作戦室。隣の椅子に座り、英語の問題集とにらめっこする米屋を見てしみじみと呟いた。
 9月まであと1週間弱。2学期が始まるまでもう時間が無い。昨日個人ランク戦会場で呑気に駿くんとバトる米屋を見て嫌な予感がしたのだけれど、一縷の望みをかけてもう宿題は終わったのかと聞くと案の定ほとんど手をつけていないとのふざけた返事が返ってきた。呆れたはカチューシャ頭にゲンコツを落とし、明日(今日)本部に宿題を持ってくるように約束させたのだった。
 冷房の効いた部屋には米屋としかいない。頬杖をついてため息を落とすと槍バカは呑気に笑った。

「オレもこうやってさんに見てもらってると実感する」
「嫌な実感だよまったく」
「えー、オレは嫌いじゃないすけど」

 米屋は典型的な夏休みの宿題を溜め込むタイプだ。しかも勉強が壊滅的にできないから手に負えない。一日で終わる頭があるから最後までやらないのではなくて、単純に「少しぐらい出さなくてもまあどうにかなる」と思っているタイプの男なのだ。結局がこうして手伝うから去年はなんとか全て最終日までに終わらせることができたけれど、まさか今年も同じことが起きるとは。

「というか今更なんだけどA級の作戦室の方が広いんだし三輪隊作戦室行けないの?」
「ダメダメ。今秀次がうちの作戦室いるんで怒られます」
「なるほど」

 いつも険しい顔をした三輪の眉間のしわが更に深くなるのを思い浮かべて苦笑した。米屋を叱るのは積極的にしてほしいくらいだけど、真面目なあの子の心労をこれ以上増やすのは可哀想だろう。納得して頷いた。

「ほら英語もあとちょっとじゃん、頑張れ」

 とりあえずこの問題集を仕上げれば4分の1程度は終わったとしていいだろう。まだまだ先は長いが、一応一区切りつけられる。が喋ったせいで完全に雑談モードに移行しようとこちらを向いた米屋の頭を押してまた机へと向けた。


「あ~、終わった!」
「ちゃんと集中して頑張ったね! 偉い」

 30分後。問題集を最後のページまできちんと埋めた米屋はシャーペンを放り出して伸びをした。ねぎらうように肩を叩くと嬉しそうな笑顔を向けられる。

さんはちゃんと褒めてくれっからなー、やる気出る」
が褒めなんかしなくても最初から頑張ってくれたら一番なんですけどね」
「それは無理かな~」

 即座に手を振って否定するのが憎らしい。前髪の上げられた額を小突いてから終わった問題集を手に取った。ずっと見守ってはいたけれど、一応抜けや間違いが無いか確かめるべきだろう。手早くチェックしていくのを米屋が覗き込む。

「明日も見てくれます?」
「ん~……昼に防衛任務入れてるからなあ。午前中か夜しか空いてないんだよね」

 夏休みは遊びに行ったり服を買ったり、とにかく色々と出費がかさむ。お小遣いを増やしてもらえるわけもなし、お金を稼ぐべくなるべくたくさん任務を入れてもらうようにしているのだ。それは他の隊員も同じなのか、ここのところ正規部隊ではなく混成部隊で任務することがいつも以上に多い。前回の任務はそういえば米屋と一緒だった。

「どっちでも全然いいすよ。オレは明日任務無いし」
「いいすよじゃないでしょ、教えんのはだよ」
「お願いしますよ~、任務後ラーメン奢りますから」
「それは別にいいけど……」

 この辺でラーメンというと玉狛支部の近くの味自慢らーめんだろうか。あそこのとんこつラーメンはも大好きだけど、この暑い中食べるのは少し遠慮したい。

「じゃあラーメンじゃなくてもいいすから。どっか行きましょうよ」
「あーごめんごめん、別に何か奢ってくれなくても明日も教えるよ」

 軽く任務が無いと言うから思わず茶化したけれど、後輩に奢らせるつもりはない。米屋の宿題を見るのはなんだかんだの勉強の復習にもなるし、何かしてもらう必要なんてないのだ。そう言うと彼は「えー」と声を上げた。

「お詫びのデートぐらい奢らせてくださいよ」
「でっ、デート?」

 思わず声が裏返った。急に何を言い出すんだこいつは。

「男女2人で勉強して飯食ってその後どっか行くんだからデートでしょ」
「いや、今までも普通にそういうのしてきたでしょ! あれ別にデートじゃないでしょ!?」

 米屋とはボーダー隊員かつ同じ高校ということもあって普段から仲良くしている。馬も合うからよく二人で遊びにも行く。けれど、あくまで普通より少し仲が良い先輩後輩という関係だ。それだけだ。

「……と、思うじゃん? あれも全部デートですよ」
「はあ!?」

 涼しい表情で言うのに叫んだ。今までのことを女として意識してる素振りなんて一度も見せたことなかったくせになんでこんな急に。

「いやもうさんが鈍いから。同じ隊の秀次とか奈良坂じゃなくてあんたに勉強見てもらいたいって頼んでるのに気付いてくれねーから」

 もう待ちくたびれました、とあっけらかんと言う米屋にぽかんと口を開けることしかできない。

さんだってオレのこと嫌いじゃないでしょ? だからこんなに面倒見てくれるんでしょ」
「なっ、」
「別にオレの宿題なんてほっとけばいいのに2年連続で自分から教えてくれんだから。さんはオレのこと好きすよ」

 自覚無いだけで、と自信満々に言うカチューシャ男にじわじわと顔が熱くなる。馬鹿な、がこんな槍バカを好きなんてそんなはずは。そう否定したいのに考えれば考えるほど反論が浮かばなくて何も言えない。確かに今回の夏休みの宿題だって、わざわざが見るんじゃなく「ちゃんと終わらせるように」とだけ言って放っておいてよかったはずなのにそんなこと考えすらしなかった。当たり前のように、隣で見てあげる気でいた。押し黙ったの顔を米屋が覗き込む。

「かわいー、顔真っ赤じゃないすか」
「うるっさい!」
「いてっ」

 ニヤニヤ笑う憎らしい後輩の顔に持っていた問題集を投げつけた。