入道雲

 9月まであと1週間を切った。そろそろ夏休みが終わる。日中はあまり意識しないけれど、気付くと夕暮れがくるのが早くなっていて、夜の闇は前より長い。もうそろそろ秋が近づいているのをふと感じて物悲しい気分になった。

「今年の夏もなんだかあっという間だったなあ……」

 過ごす1日1日はそんなに短い気もしないのだけれど、ふと振り返ると思った以上の日数が過ぎている。そして気がついたら少し暑さがマシになっている。夏は毎年そんな感じだ。

「センチメンタルな気分?」
「うん……」

 ため息をついたに笑う犬飼はいつも通りスーツ姿のトリオン体だ。二宮隊の隊服ってどうにも夏に見るには暑苦しい。
 ちなみに部隊の違う達が共にトリオン体で外にいるのは理由がある。今日の防衛任務が混成部隊だからだ。構成は、犬飼、そして半崎くん。オペレーターは荒船隊の倫ちゃんが勤めてくれている。もうすぐ次の部隊と交代の時間だからと建物の上から降りてきた半崎くんはの言葉に頷いた。

「夏休み終わるのダルいっすよね」
「ね。ダルいよね」
「俺はまだまだ夏な気分だけどなあ。ほら、見てあの入道雲。すごく夏っぽい」

 青い空を指差すのにならって空を見上げると、確かに立派な入道雲が見えた。真っ青な空に存在感を主張するもこもことした大きなそれは犬飼の言う通りとても夏らしい。

「わぁ、大きいね! わたあめみたい……」
「オレにはソフトクリームに見えます」

 それかバニラアイス、と言う半崎くんにもう一度入道雲を凝視した。確かにソフトクリームにも見えなくもない。そういえば半崎くんはアイスが好物だっけ。考えていたらなんだかお腹が減ってきて、隣に立つスーツ姿の腕を引っ張った。

「犬飼、任務終わったらと半崎くんにソフトクリームおごって」

 そして倫ちゃんの分も。犬飼はこの中で一人だけ元A級部隊なのだから、以前もらっていた固定給と今ももらえる防衛任務の給料が相まって一番お金があるはずだ。勢いよくが腕を引っ張るのに軽く体を揺らしながら彼は「え~」と声を上げた。

「かわいい後輩のためだよ。お願い」
「お前は同期じゃん」
はかわいい彼女だからだよ」
「調子いいなあ」

 どれだけあの雲がソフトクリームっぽいか犬飼に力説しようとまた空に目を向ければ、ちょうど飛行機が向こうの方から飛んでくるのが見えた。ここからは豆粒に見えても本当は巨大であろう機体が薄く雲を残していくのが見えて、思わず声を上げる。

「あ、飛行機」
「え、どこ」

 目を輝かせて空を見上げるのに飛行機が飛んでいく方を指で示すと、犬飼は歓声を上げた。愛想が良いようで飄々としているこの男は、実は飛行機が好きというちょっとかわいい一面を持っている。飛行機が視界から消えるほど遠くに行き、軌跡となって残った飛行機雲が少し薄くなるまで空を無言で見上げた後、ようやく犬飼は顔を下ろしてと半崎くんの方を向いた。

「よし、なんだかいい気分だからおごってあげる」
「やった!」

 爽やかな笑顔でのお許しに半崎くんが「わ~い」と緩く手を上げるのにならっても万歳する。通信で倫ちゃんが笑うのが聞こえた。
 もう少し、夏は続く。