ひぐらし

 スーパーで今日の夕飯のために買い物をして店を出たところで今日が誕生日である太刀川に遭遇した。散々個人ランク戦をして家に帰る途中らしい。こんな日までランク戦に明け暮れるなんて本当に戦闘好きな男だ。は朝から昼過ぎまで防衛任務だったので、今日は本部に行っていない。当日にお祝いをしたいところだったけれど、明日同期皆で太刀川を祝う飲み会をする予定だしいいかと思ったのだ。
 だから今日こうやって出会うのは予想外で。両手に荷物を持ったを見て、太刀川は家まで送ると言ってくれた。他愛もない会話をして歩く道には長い影が伸びている。街路樹の続く少し薄暗い道の下を通るとカナカナカナと特徴的な鳴き声が聞こえた。

「蝉鳴いてるなー」
「ひぐらしだね」
「あの小さいやつか」
「そうそう」

 ほとんど日が暮れた今の時間に相応しく、ひぐらしが鳴いている。頭上から響く合唱に木々を見上げた。太刀川のことだからあんまり蝉の種類なんて詳しくないかと思ったけれど、小さい蝉というのは合っている。男の子は昆虫好きが多いから、太刀川も小さい頃には虫捕り網を持って駆けまわっていたのかもしれない。

「そういや夜ありがとな、メール」
「いえいえ」

 思い出したように言われて空いた方の手をひらひらと振った。一応長い付き合いだし、日付が変わるのと同時にお祝いメールを送っていたのだった。もう返信はしてくれたのに意外と律儀な奴だ。太刀川ももう20歳。やっとお酒の飲める歳だ。

「誕生日だし、なんか奢るよ」
「今夕飯の食材買ってきたんじゃないのか?」

 そう言って太刀川は手に持った袋を掲げた。より多くの荷物を持ってくれている。

「まあ大体日持ちするもの買ったし。家寄って荷物置いたら行かない? もちろん他になんか予定あったらいいけど」
「それならお前の作る飯食いたい」
「お、おお……」

 間髪入れずに返ってきた予想外の返事になんともいえない声を出した。そうくるか。確かによく同期たちで飲むし遊ぶけれど、そういやの手料理を食べさせたことはなかったかもしれない。単なる興味だけなのかもしれないが「お前の作る飯」と言われるとなんだか照れてしまう。

「普通のものしか作れないよ?」
「いいよ普通のもので」
「……分かった」

 あっけらかんと言われて頷いた。家に太刀川の好物であるうどんはあっただろうか。せっかくの誕生日だから、シンプルなうどんじゃなくてもいいかもしれないけど。そういえば同期たちと一緒ではなく太刀川一人きりで家に上げるのも初めてかもしれない。考えれば考えるほどなんだか恥ずかしくなる。が勝手に何か勘違いしているだけで、太刀川は特に他意はないんだろうか。いや、あってもどう反応すればいいか分からないから何も言わないでくれる方がありがたいんだけど。散々普通に同期としてやってきたのだ。ちらりと顔を見上げてもいつも通りの表情から気持ちは読めない。
 の視線に気付いたのか、ひぐらしの鳴き声のする方を見ていた太刀川は顔を下げてこちらを向いた。目が合うとほんの少し口元を緩められる。

「もうすぐ夏も終わりだなー。夏休みは続くけど」
「ね。そういや明日成績発表だっけ? 単位全部来てるといいね」
「その話はやめてくれ」

 うなだれる太刀川はやっぱりいつも通りだ。なんだかおかしくなって笑うと、少し物悲しいひぐらしの鳴き声がBGMのように響いた。夏の終わりは近いけれど、あと1ヵ月達大学生の休みは続く。