風鈴

 8月も終わりが近いこの日、はちょっとしたプレゼントを持って霊とか相談所に訪れていた。客商売だからとこの暑い中でも背広を着ている霊幻さんの見守る中、カバンの中に手を入れて取り出した袋は紙でできていた。テープの簡単な封を開けて親指と人差し指を中に入れる。細い紐を掴んでほとんど重さのないそれを取り出して見せた。

「思ったんですよ、このぬるい冷房しか付いてない相談所でも風鈴つければちょっとは涼しく感じるんじゃないかって」

 そう、が持ってきたのは風鈴だ。風に吹かれた時の軽やかな音で暑さを和らげる、日本の夏の風物詩。取り出したそれはガラスでできた外身と舌に、紙の短冊がついている。小さな鐘の中では2匹の金魚が泳いでいて見た目にも涼しい。得意げに風鈴をかかげたに対し霊幻さんはかなり冷めた様子で目を細めた。

「もう9月になるのにか?」
「残暑の時期の暑さなめちゃいけませんよ、今日最高気温32度って言ってました」

 盛りは過ぎたといえ、今日も30度を超える立派な真夏日だ。現にここまで来る間にもかなり汗をかいた。8月が終わるとしても、同時に暑さが無くなるわけじゃない。涼しさを追い求めるのは間違っていないはずだ。熱弁に霊幻さんはの座ったソファの向かいから手を伸ばした。持っていた風鈴を渡すとちりんちりんと何度か軽くそれを鳴らす。派手じゃないけれど、軽やかでいい音だ。ほら、なんだか涼しく……なんて思ってが聞き入っていたところで霊幻さんは口を開いた。

「……よく考えたら風鈴が鳴るようにするには窓開けなきゃなんじゃないのか?」
「……」

 ここベランダ無いし、と霊幻さんは続ける。もっともすぎる指摘に言葉を失った。その通りだ。風鈴を鳴らすには風がいる。そして、窓を閉めて全ての扉を閉め切っていたら風など通るはずもない。

「え、エアコンの送風口に付けるとか……!」
「うるさくてたまんねーだろ」

 必死な代替案はにべもなく却下された。確かに時折ちりんと鳴るならともかく、絶え間なくガラスの触れ合う音が響けばそれはただの騒音になるだろう。涼しいどころかイライラで暑さが強まる可能性すらある。逆に窓を開けてエアコンを消したら、それこそ風鈴なんかでは済まない暑さに苦しめられるだろうし。

「いい案だと思ってたけど考えが足りませんでしたね……」

 肩を落としてため息をついた。残念だけど持って帰ろう。返してもらってもいいですか、と言おうとしたところで先に霊幻さんが口を開いた。

「まあいい、俺がもらう」
「えっ」

 家に持って帰る、と言うのにぽかんとする。

「ベランダの欄干か物干しにでもくくりつけときゃ窓閉めてても聞こえるだろ」

 光に透かすように自分の頭より少し上に風鈴をかかげ、その中身を軽く覗き込む。もう一度手元でちりんと鳴らし、彼は笑った。

「悪くないな」