03. みかん
「はあ……」
気分が浮かない時につくと、一層惨めな気分になる。そう分かってはいても、つい零してしまう。それがため息ってものだ。
今日行った三試合はどれも散々な結果だった。
試合後、自室に戻る気力さえ無くてハンターの館の大広間にあるソファへと深く座り込み片手で顔を覆う。他のハンター達は自室にいるのか、試合をしているのか
以外には誰もいない。しんと静まり返った広い空間が余計に心の寒々しさを増したけれど、落ち込んだ様子を見られるのも嫌だから誰かがいるより良かったかもしれない。今日は負け込んだけれど、
にもプライドってものがある。他のハンターに弱みを見せたくはなかった。
「お疲れのようですね」
そんなことを思いながらもう一度ため息をついたところで落ち着いた声が聞こえて俯かせていた顔を跳ね上げた。
「……謝必安」
大広間の入口に立っていたのは白無常──謝必安だった。手にはいつも通り相棒の魂が収まる傘を持っている。もう片方の手にも何か持っているようだったけれど、よく見えない。
の方へと歩いてきた彼は少し間隔を空けてソファに座った。
「……今日はちょっと、マッチでの調子が良くなくて」
「ああ、なるほど」
何も聞かず、けれど何があったのか尋ねるように静かに見つめてくる謝必安にそう説明すると、彼は合点がいったという風に頷いた。痩身の男は特に
をからかったりする様子も見せず、かといって変に同情するような素振りも見せない。少しだけ身構えていた
には、その落ち着いた反応がどこか拍子抜けであると同時に、ありがたかった。
「これをあげましょう」
半ば唐突にそう言って、彼は傘を持っているのとは逆の手を
へと差し出した。少し面食らいながら見た白い手のひらの上には小ぶりな果実が乗っていた。目にも鮮やかな明るい色。……みかんだ。
思わず胡乱げな目を涼しい顔をした男に向ける。
「……食べ物で機嫌を直すような子供だとでも?」
低い声で言った後すぐに後悔した。どういう意図で謝必安がみかんを渡そうとしているのであれ、こうやって当たり散らす
の方が余程感じが悪い。目を閉じて小さく頭を振る。謝ろうとまた謝必安を見ると彼は特に機嫌を損ねた様子もなく
を穏やかに見ていた。
「私の国ではね、みかんは縁起の良い食べ物とされているんです」
「そう、なの?」
「ええ。マッチがうまくいかない日もありますが、代わりに何か良い事が貴方にありますように」
線の細い顔が優美な笑みを形作る。どこまでも落ち着いた微笑は穏やかで、ささくれ立った心が少しずつ凪いでいく。
「……ありがとう」
小さくお礼を言って大きな手の上に乗ったみかんを受け取ると、謝必安はまたにこりと笑って「いいえ」と返した。
何か良いこと、と言うのなら既にこの状況がそれの気がする。心だけでなくお腹も満たそうと、とりあえず謝必安が見つめる中みかんの皮に指をかけた。