05. 風邪

 そういえばなんだか体が熱い気がすると思っていた。それから意識がどこかぼやけていた。そういえば喉も少し痛かったかもしれない。
 息を切らして走りながら思いを巡らす。こういうのなんて言うか知ってる。そう、後の祭り。
 なんだか思考もあっちこっちしながら足がもつれて、最後に見えたのは雪の積もった地面がに熱いキスをかまそうとするところだった。

 何かが控えめに弾ける音が少し遠くの方で聞こえる。頬に当たる空気はぬるま湯のように温かく、体を包む布団は柔らかい。
 ……布団?
 一気に眠気が吹き飛んで勢いよく体を起こした。途端に目眩と頭痛が暴漢みたいに襲ってきて目を閉じる。脈拍のように一定のリズムを刻む痛みと、体全体を覆う怠さに顔をしかめつつ、ゆっくりと目を開く。俯けた視界に映るのは冬用の掛布団だった。
 思い出した。風邪を引いた状態でマッチに出たせいで、ハンターに追われている最中に倒れたんだった。てっきり椅子に括り付けられているか、マッチが終わってサバイバーの館に強制送還されているかと思ったのに。が今いるのは明らかにマッチの舞台であったしんしんと雪が降る軍需工場ではないし、だからといって自分の部屋でもない気がする。今いる場所がどこなのか把握しようとゆっくりと顔を上げて、真っ先に目に入ったものに喉の奥で引きつった悲鳴が漏れた。

「ひ、」

 色褪せた毛皮が覆う広い背中。悪魔の両手と見まごうような巨大で節くれだった枝角。
 狩人。断罪狩人だ。気を失う直前まで、のことを追いかけていたハンターだった。小さな悲鳴を聞いた狩人が振り返って目が合う。

「起きたか」

 また情けない声を漏らしそうになったを一瞥して、彼はまたこちらに背中を向けた。
 パニックになって返事も出来ないまま辺りを見渡す。の寝ているベッドは自室のものより横も縦も倍くらいに大きい。部屋の間取りも違う。微睡みの中で聞いたパチパチという音は暖炉の薪が爆ぜるものだった。

「まだ調子が悪いなら寝てろ。マシになったならそれを飲め」

 マッチの時はいつも付けている茶色の革手袋を外した手がベッドの横の小さなテーブルを指し示す。卓上にはどろりと濃い緑色をした液体の入ったコップが置いてあった。
 全く訳が分からない。倒れたを助けてくれたの?ハンターの彼がサバイバーのを?どうして?なんのために?何が目的?疑問ばかりが手を繋いで風邪と寝起きで朦朧とした頭の中を踊る。黙ったまま動けないの方をもう一度振り返り、狩人はため息をついた。

「何かするつもりなら寝てる間にしてる」
「!」
「とにかく、起きてるなら薬を飲め。動けるくらいに調子が良くなったらさっさと出てけよ」

 そう言ってまたそっぽを向く。心底面倒そうな口調にますます困惑が深まる。面倒ならなんで助けてくれたんだろう。というかこれ、薬なんだ。薬まで用意してくれたんだ。コップを手に取って恐る恐る鼻を近づけると凄まじく青臭い匂いがした。薬草を煎じたり煮たりしたものだろうか。
 何か変なものが入ってたりしないかな、と少し思ったけれど、さっき言われた通り何かするならが寝ている間にするはずだ。それでもなんでここまで良くしてくれるのかは分からない。
 色んな理由で痛む頭を押さえながら、とりあえずガラスの縁に口をつけた。恐ろしく不味かった。