08. 木枯らし

 びゅう、と強い風が吹いて金色の巻き毛を揺らす。被った帽子をしっかりと押さえて、マイクはぶるりと体を震わせた。

「うー、さむ……」
「その格好だったら当たり前だよ!」

 いつも通りのカラフルな衣装だけで上着も何も羽織っていない姿は見ているだけで寒々しい。きっとだったらすぐ部屋の中に逃げ込んでしまうくらいの格好なのに、マイクはちょっと震えるくらいで平気そうだった。
 なんでこんな寒いのに外にいるのかというと、エマがひどい風邪を引いてしまって寝込んでいるので、彼女が丹精込めて育てているお花たちの水やりを代わろうと申し出たからだ。マイクとはじょうろを持って歩いていたら偶然遭遇した。

「マイク、結構寒さに強いんだね?」
「鍛えてるからね! 寒さ自体はそんなに気にならないんだけど、冬は少し苦手だな〜。乾燥してるからいつも以上に火薬の扱い気をつけないとなんだよね」
「なるほど」

 予想だにしなかった答えが返ってきて驚きつつも相槌を打った。曲芸師のマイクらしい悩みだなあ。

 花壇に着いて、一度じょうろを置きズボンのポケットにしまっていた紙切れを取り出す。折り畳んでいたそれを開くと隣のマイクが覗き込んだ。

「なーにそれ」
「エマが書いてくれたの! どういう風に水あげればいいのかのコツとか……種類によってあんまりあげなくていいのとかもあるみたい」
「ほうほう」

 他にもこの花は虫がつきやすいとか、気をつけることが細々と書かれている。熱で朦朧としているように見えたから必死に止めたのに、それでも書いてくれたものだ。そんな状態だったのに書かれた内容は細かく分かりやすくて、流石庭師だなあと感心する。
 両手で広げていた紙を片手で持ちじょうろに手を伸ばしたところでまた、びゅうと強い風が吹いた。あ、と思う暇もない。半分以上じょうろに意識が向いていたせいで、エマのくれたメモはの手から気まぐれな蝶のように抜け出した。一瞬馬鹿みたいにぽかんとして、一拍置いて声が出る。

「ああー!」

 焦りが思考を覆うのと同時にすぐ隣の空気が動いた。
 駆け出して数歩先にある柵に手をかけ、軽い音で地面を蹴り、その柵を足掛かりに宙へと飛び上がる。しなやかな腕はまるで見えない糸が天から身体を操っているように真っ直ぐ伸び、遠くへ消えようとしていた小さな紙をぱしりと掴んだ。
 最初と同じに、体重を感じさせないような軽い動作で地面に着地する。駆け寄ってきたマイクはごくごくいつもと変わらぬ様子で──まるで、ただ地面に落ちたものを拾ってあげたくらいの気安さで、へとメモを渡した。

「はい!」

 一連の行動があまりにも一瞬で、軽やかで、風の精のように優美で。何も言えず言葉を失う。マイクが不思議そうに首を傾げるのに慌ててお礼を言った。

「あ、ありがと」
「どういたしまして! 風強いもんね」

 うまく返事できなくて、無言でこくりと頷く。受け取ったメモはさっきまでと違う理由でとんでもなく大切なものに見えてきた。
 挙動不審なを変に思ったのか、マイクは少しを見つめた後に「あ」と声を上げた。

「もしかして、今頃僕のかっこよさに気づいた?」

 ニヤッといたずらっぽく笑う顔は見慣れたもののはずなのにどうしようもなくかっこいい。我ながら単純すぎないか、と思いながら上機嫌に笑うマイクから顔を逸らした。

「ほんとかわいいね、君!」