13. ココア
「夜更かしだな」
眠れない夜にサロンでぼんやりとしていると、後ろから低い声がかかった。振り向いて目に映ったのは寝間着姿の仲間だった。
「ウィリアム」
サロンの入口に立っていたウィリアム・エリスは笑って、
の座るソファの方へと歩いてくる。少しだけ間を空けて隣に座ると、気遣わしげに
の目を覗き込んだ。
「眠れないのか?」
いつも元気で明朗快活な彼が静かに低い声を落とすと、普段から静かな人間が喋るのより余計に落ち着いて聞こえる。心配されるのも、彼が静かなトーンで話すのを聞くのもどうにも慣れなくてなんともいえない気分になる。
「ちょっと……なんだろうね。なんというか、心細い気持ちになって」
それを崩そうとおどけた口調で言うつもりだったのに、いざ口にすれば思いの外声が震えてしまって、その事実に自分で動揺する。
のちっぽけな心は、自分で考えていた以上に疲弊していたようだった。
これ以上口にすると何か面倒なものがぽろりと目からこぼれそうな気がして、それだけ言って口を噤む。じっと黙って聞いていたウィリアムは、少しの間
を見た後、軽く膝を叩いて立ち上がった。
「ココア淹れてきてやるよ。甘いもの飲んだら落ち着くだろ」
「えっ」
びっくりして一緒に立ち上がろうとした
を手で制し、ウィリアムはまたサロンの外へと向かう。「待ってろ」って言われても。半ば呆けながら、彼の帰りを待った。
少し経って戻ってきたウィリアムは、宣言通りマグカップを持っていた。自分の分と、
の分。ほら、と渡されたカップは中ほどまでこっくりとした茶色の飲み物が入っていた。
「あ、ありがとう……」
「おう」
未だにちょっと状況が掴み切れなくて、どもりながらお礼を言うとウィリアムはにかっと笑った。
受け取ったカップからはココアとミルクの甘い香りがする。立ち上る白い湯気に目を細めて、少しだけ表面を吹いてから口をつけた。舌に触れる熱は優しい甘さをしている。口に広がった甘みと熱さはそのまま喉を通って全身へと巡るようだった。
美味しい。とても。心の底からそう思ってそれをウィリアムに伝えようとしたのに、声は出なくて、代わりに喉がきゅうと狭まる。胸が締め付けられて、鼻の奥がつんと痛む。気づいた時には泣いていた。
「ごめん、わたし、なんで」
自分でも訳が分からなくて困惑する。慌ててテーブルの上にマグカップを置いた。どうにかして止めたいのに、涙は
の意思とは関係なしに出てくる。ウィリアムは焦る様子も見せず、目元をこする
の手を取って優しく抱き寄せた。
「無理して笑わなくていい」
広い胸にゆるりと頭を押し付けられる。頭の上から優しい声が言うのに、とうとう心の一番深いところの堰が崩れた。ぽろりぽろりとこぼれていた涙は量を増やして、
は馬鹿みたいにしゃくりあげた。
「大丈夫。きっと大丈夫だ。きっと、一緒に出られる」
低い声が耳元で繰り返し囁くのに、泣きじゃくりながら何度も何度も頷く。背中をゆっくりとさする大きな手はどこまでも優しくて温かい。
「俺が一緒にいる」
この先どうなるかも何も分からない。それでも、この穏やかな声だけは信じられる気がした。