15. マフラー
寒い場所でのマッチの何が困るって、暗号機の調整をミスしそうになることだ。凍るような外気は神経を蝕む。手の先がかじかんで、ろくに動かなくなるのだ。
音もなく雪が降る中暗号機を解読している。残りは後一台で、近くにハンターの気配はない。これを上げればゲートが通電する。早くしなければと思うけれど、手の先が強張りうまく動かない。手もそうだけれど、そもそも体全体が冷えているから動かなくなってしまうのだ。早く済ませるのも大事だけれど、ミスをしない方がもっと大事だ。そのためには少しでも体を温めないと。
必死に自分の肩をさすっていると軽い足音がして、聞きなれた声が名前を呼んだ。
「寒そうだね」
「イライ」
もう残り一つ暗号機を解読すれば良いだけだから、チャットを送った
の方へ来たのだろう。イライは震える
をじっと見つめた後、思いついたように自分の首周りへと手をやった。
紺青色をしたストールが巻き取られ男らしい首筋が露わになる。そのままイライはこちらに手を伸ばして、
の首へとそれをかけた。ぐるりと巻き付けられるのと同時に、ふわりと彼の香りがする。
「マフラー代わりに。少しは温かくなるだろうか」
首周りを何周かさせて整えた後、イライは
の肩を優しく一度撫でた。目は見えなくてもひどく優しい視線が注がれている気がしてじわじわと顔に熱が上る。
「あ、りがと」
どもりながらお礼を言うと、イライの口は穏やかな笑みを形作った。
「そこのお二人さん、いくらカスタムでももう少し緊張感を持ってくれよな」
「ひゃあ!」
急に後ろから声がかかって飛び上がる。振り返ると呆れた顔をしたナワーブが立っていた。
慌ててイライから距離を取る。ナワーブ、いつから見てたんだろう。一瞬前よりもっと赤くなって慌てている
と違い、イライは至って落ち着いた様子だった。
「この眼でちゃんと見ていたからハンターが近くに居ないのは分かっていたさ」
そう言って、少し離れた方をじっと見る。
「今ボンボン君は……工場の中だね」
平然とした口調で述べられた観察結果にナワーブはますます目を細めた。
「……その大層な眼で見てたなら、ボンボンの奴がお前らがイチャイチャしてるのを見てどうすりゃいいか分からなくなって結局近づかずにいたのも分かってたんじゃねえか?」
「いっ、イチャイチャなんてしてないよ……!」
「はいはい」
ろくに聞いてない様子でひらひらと手を振り、ナワーブは
とイライに背を向けた。
「独り身には目の毒だな」
ぼやくように呟かれた言葉に恥ずかしくてたまらなくなる。それでもイライはむしろ楽しそうに笑って、
の首に巻かれた彼のストールを満足げに見ていた。