22. 冬至

「悠仁!」
「あ、先輩」

 夜に寮の廊下を歩いていたら後輩の後ろ姿が見えて、声をかけた。振り向いた悠仁は人懐っこい笑顔を浮かべてに手を振る。こっちもおんなじに笑って駆け寄った。
 待っていてくれた悠仁は夕飯の時とは違う格好をしている。近づくと短い髪の毛の先が濡れているのも分かって、どこから帰ってきたところなのか予想がついた。

「もうお風呂入ったんだ?」
「うん。もう今日は外行く予定とかねーし、早めに入っとこうと思って。先輩はまだ入んないの?」
もそろそろ入ろうかなーって思ってた」

 そっか、と頷いた悠仁はに振ってくれた方と逆の手にタオルを持っている。

「今日の風呂さ、すごいよ! 多分女子もだと思うけど、湯船にいっぱい柚子浮かんでた」

 とっておきの話をしてくれるみたいに、楽しげなトーンで教えてもらった情報に瞬きする。柚子。湯船に。なんでだろうと一瞬考えてから合点がいった。

「……あっ、今日、冬至か!」
「そうそう!」

 もうそんな季節であることにびっくりするのと同時に、広い湯船に柚子がたくさん浮かんでるのを思い浮かべて楽しい気分になった。

「いいなー、今日は柚子湯なんだね」
「すっごくいい匂いした。俺、鼻良いから余計そう感じたのかもだけど」
「へー、そうなんだ」

 少し踵を浮かせて、30cmくらいの距離に立っていた悠仁の首元に顔を寄せる。お風呂に入ったばかりの悠仁からも、少しくらい柚子の香りがするかもしれない。

「んー……ほんの少し柑橘の匂いがするような、しないような……」

 言われたからそう感じるだけかもしれない。首を傾げてもう一回すんすんと匂いを嗅ぐ。

「シャンプーの香りの方が、す、」

 感想を述べながら頭を上げたところで、思った以上に近い距離で目線が合うのに固まった。見上げた悠仁の顔は少し赤くなっていて、急に恥ずかしいことをしていた自覚が湧いてくる。すすす、と体を離して、何事も無かったみたいにさっきまでと同じ距離に戻ると、わざとらしい空咳がしんとした廊下に響く。そんなことされると余計に恥ずかしくなるじゃん。
 ちょっとの間お互い黙った後、悠仁はをちらりと見て頬をかき、ぼそぼそ呟いた。

「……先輩、今みたいなこと伏黒とか狗巻先輩にしないでね」
「……もししたら、嫉妬する?」
「当たり前じゃん」
「ふふ、そっか」

 いつも皆に対して平等に優しい悠仁がを特別に見てくれていると実感できるのは、結構嬉しい。ちょっと意地が悪いのは分かってるけど、幸せな気持ちになる。嬉しくなって笑うと、悠仁はジトっとした目でを見た。

「大丈夫だって。悠仁以外にこんなことしません」
「ならいいんだけどさぁ」

 ほんとかなぁ、とぼやく悠仁は恥ずかしそうなのと同じくらい、不安げというか、心配そうで、余計に笑ってしまった。かわいいなあ、の彼氏。