きづいてください

「明日非番だからって飲みすぎじゃない? それぐらいにしときなよ」
「うるせーな」

 口を尖らせてこちらを睨んだ男を呆れた思いで見つめた。そんな顔しても男じゃ可愛くないよ。
 この男が硬派なんて誰が言った。ただの、月末で金が少なくなってるのを分かりながら飲んだくれてしまう駄目男じゃないか!
 お猪口に口を付けたと同時に動く喉仏を見つめ、はため息をついて頬杖をついた。またこんなに飲む理由も情けない。ようは松本副隊長に軽くあしらわれたらしいとか、そういう話だ。男ならもっと強くいかないか!アタックしなよ!
 としては明日も普通に仕事あるし(こいつは無いというのがまた腹が立つ)本当はこの馬鹿を置いてさっさと自分の部屋に戻りたいんだけれど、そうしないのはひとえに修兵が流魂街に住んでいた頃からの仲間だからだ。
 まったく、あの頃よりはしっかり者になったのに酒を飲むと本来の弱気なところが出るから面倒くさい。

「元気だしなよ。松本副隊長、修兵のこと美男で手練とかいつだか言ってたよ」
「ふーん……」

 何こいつ腹立つ。早いところ隊舎に帰って休みたいのを我慢して幼馴染をなぐさめてやってるのにふーんって!

「もうなんなの! なんて言えば元気出すのこのヘタレ!」
「嫉妬してほしい……」
「……はぁ~?」

 空になったお猪口のふちを女々しくなぞりながら修兵が口にしたのは、思いがけない言葉だった。嫉妬…って図々しすぎるんじゃないか、この男は。付き合っているどころか、松本副隊長は修兵の想いを知っているかも怪しい。この前二人が話しているところを通りかかったけど、松本副隊長の修兵に対する態度はかわいい後輩に対するそれだった。それで嫉妬してほしいって、正直ちょっと無理があるんじゃないか。
 そもそも、松本副隊長はきっとまだ市丸ギンのことを忘れられてはいない。……いや、きっと忘れる気はないんだろう。前に進んでいるのは確かだ。悲しい顔を見せることだってない。前に進んでいるからこそ、彼女の中であの男は永遠に侵せない過去になる。誰も追いつけないし、こえることも出来ない。修兵も難儀な人を好きになったものだ。

「……ってもしかして今日を飲みに誘ったの松本副隊長に嫉妬してほしくてなの? それならもうちょっと見せつけるようにしなきゃ駄目だと思うよ」
「馬鹿ー……もうお前何言ってんだよ馬鹿! アホ! ボケ!」
「何すんの!」

 いきなり怒りだしてばしばしと頭を叩いてきた修兵にさすがに腹が立って頬をつねると、ついに隣の男は目元を潤ませ始めた。
 流魂街にいたころの修兵はとにかく泣き虫で、何かあった時はと虎彦が慰めないと牛次と一緒にいつまでも泣いていた。その泣き虫が涙をこらえて頑張るようになったのは、胸に大きく刺青を入れた死神に助けられてからだった。――九番隊隊長、六車拳西。達が霊術院を卒業して護廷隊に入った時その人は既にいなくなっていて修兵は酷く落ち込んでいたけど、それでもこうして九番隊に入って、東仙隊長の元で副隊長になって、今は戻ってきた六車隊長の隣に就いている。立派なもんだ。昔より大分柔らかくなくなった修兵の頬をつまみながらそんなことをしみじみ思う。
 そんな立派になったはずの男はうう、と情けない声を出しての手を振り払い、ボロボロと涙をこぼした。

「もうお前は! 本当に! 昔っから!!」
「何、昔っから何」
「本っ当に鈍感で!!」
「……はあ~?」

 今していたのって修兵の恋の話なのに、何故が鈍感なことになるのだろうか。わけが分からず首を傾げると、修兵はの肩を掴み強く揺さぶった。酔ったせいで加減を忘れているみたいだ。は四席で、修兵は副隊長。男女の差だけではなく霊力の差が大きいせいで痛いほどの力が肩にかかる。でも最初に浮かんだのは痛いということよりも、昔よりずっとずっと力が強くなってるってことだった。少し呆然としながら、情けない顔で涙を流す男を見つめた。
 修兵、本当に大きくなったんだなあ。
 肩を掴んだまま、幼馴染は言葉を続けた。

「なんで分かってくれねえんだよ!」
「え?」
「昔からずっと! お前に嫉妬してほしくて言ってるのに! 霊術院に入ってから全然喋ってくれねえから腹立って言っただけだったのに!」
「えっえっちょっと待っ」
「俺が好きなのは昔っからずっと一人なのに!!」

 がくがくと揺さぶられながら、混乱する頭を必死に整理して、昔のことを思い返した。

 修兵が松本副隊長に惚れたのはまだたちが霊術院にいた頃だった。
 三回生の時、一度松本副隊長(当時はまだ副隊長ではなかったけど)が講師の補佐として霊術院に来たことがあったのだが、その講義は合同授業だったためクラスの違う修兵とは久々に一緒にいた。講義が終わった後、綺麗でスタイルもよくてそのうえ席官だなんてすごい人だなーと思っていたところ、修兵は松本副隊長を好きになったと教えてくれたのだった。
 思い返すうちにうわあああと本格的に泣き叫び始め(客がたち以外いなくて本当に良かった)、の肩から手を放し顔を覆う修兵を見つめて、は自分の顔が赤くなるのを感じていた。
 嫉妬してほしかったって、ずっと昔からって、それってつまり。

「しゅ、修兵ってもしかしてのこと好きなの……? 松本副隊長のこと好きって言ってたのはに嫉妬してほしくてだったの?」
「百年近く前からな! ちょっと反応見るために嘘ついたら『え、本当に!? 応援するよ!』ってなんだそれ!? おかげで後戻りできなくなっただろうが!」
「い、いやだって松本副隊長綺麗だしいい人だし同性のでもかっこいいなーって思ったからそりゃ修兵だって好きになるなと思って……」
「俺の心を打ち砕きやがって! 鈍感馬鹿!」
「ご、ごめんね、気付かなかったの」
「謝るな悲しくなるから! クソッ、百年越しでふられるとはな……」

 それまでの大声が嘘のようにぼそぼそそう言って、修兵は涙をぬぐった。それでも次から次へと涙がこぼれだして死覇装を濡らす。泣き上戸だからなあ、修兵。普段の冷静沈着、出来る男なんて言われる姿は見る影もない。
 お酒のせいで頬は真っ赤、涙を流して情けない顔して。昔の泣き虫だった頃より酷い有様だ。でも多分には、その時の修兵が百年以上過ごした中で一番かっこよく見えていた。

「ふ、ふってないよ」
「えっ!?」

 そう呟くと、俯いていた顔を音がするような速さで上げて、修兵はを見た。

「確かに今まではずっと修兵のこと家族みたいに思ってたからそんなこと考えたことなかったけど、でも今どきどきしてるよ」

 まっすぐ見つめる視線に、顔がどんどん熱くなる。

「……本当にか? 本当の本当に?」

 目を見開いて、口をぽかんと開けて。信じられないと全身で表しながら、修兵は聞いた。

「……うん」

 ん、を最後まで発音し終わる前に、視界が黒に覆われた。
 修兵に抱きしめられている。死覇装越しに熱い体を感じて、そこまで酔っていなかったの体温まで上がっていく。全く手加減なしに抱きしめるから恐ろしいほどの力がかかって、体が悲鳴をあげた。

「いたっ、痛い修兵!」
「夢みたいだ……好き、好きだったずっと前から」

 うわ言みたいに何度も好きを繰り返して、修兵はの肩に頭を押し付けた。どうすればいいか分からなくてとりあえず頭を撫でていると、段々締め付ける力が緩くなって、同時に重い体がのしかかってきた。

「…寝た……」

 頭のすぐ横で穏やかな寝息が聞こえる。拍子抜けした。完全に力の抜けた体をなんとかカウンターにあずけ、はため息をついた。台風が通り過ぎたみたいだ。今までずっと修兵は松本副隊長のことが好きで、のことは幼馴染としか思っていないと思っていた。それをいきなりのことが好きだったなんて言われて、青天の霹靂としか言いようがない。
 修兵はどんなに酔っても嘘や根も葉もないことを言うことはないから、告白自体は酔った勢いであったとしてものことを好きだというのが嘘ということはないだろう。そういえば今考えてみると、修兵は飲み始めは松本副隊長のことばっかり話すのに、酔い始めるともっぱらが冷たいだとか話していた気がする。松本副隊長に相手にされないから八つ当たりしているんだと思って適当に流してたけど、違ったんだなあ。あまりにもが気付かないものだから、ついに今日その気持ちが溢れたんだろう。
 明日からどうなるかな。まあ、修兵はいつもどれだけ酔っても前の晩の記憶を鮮明に覚えているから今回もきっと大丈夫だ。明日はこいつ非番だっけ。じゃあ、は隊舎で仕事をこなしながらこの酔っ払いが二日酔いの頭を押さえて来るのを待とうかな。

 告白されて驚きはしたけれど、同時にどきどきしたというのも事実だ。好きだと言い切るのはまだ早いけど、でもきっとはそのうち修兵を好きになる。それは確信できた。今までずっと親友のような家族のような付き合いを続けてきたけれど、恋人になるのもきっと悪くない。