シャローム

※色々と注意
※読後の苦情は受け付けておりません
※本当に注意

 知識や知恵っていうのは生き抜いていくために必要不可欠なのに、娯楽と同じように人生に余裕がある人しか潤沢に持てないのっておかしな話だと思わないかい。貧しき者こそ知識が必要なのに、富める者でなければ無限に広がる勉学の海に身を投げるなんてことはできないだろう? 貧しかったらまずその海辺に住めないんだ。
 いや、それとも逆なのかな。知識があるから人生に余裕ができるんだろうか。何が先に立つかを定めるのは難しいね。
 俺は生きていく上で一番大事なのは金だと思っているけれど、結局のところ馬鹿じゃ大して稼げないし、稼いだとしても金が留まらないんだ。不思議なことにね。だから、勤勉であることは大事だってずっと思ってるよ。

 知識はいつだって貪欲に手に入れようとしたけれど、知らないことを知るのが楽しいって思う質かと聞かれると少し違うような気もするな。知識欲が強いわけじゃなくて、知ってた方が知らないよりは役に立つって分かっているから、勤勉であろうとしているのさ。
 マシな職場の探し方。偏屈な爺さんに気に入られる方法。周りの目を盗んで必要なものを手に入れる手口。全部違うけど、全部続く道は同じだ。俺にとってはね。
 あんまり小説や詩を読んだりはしないな。そこにももちろん役立つ知識はあるだろうけど、それほど俺の人生に余剰はない。もう少し余裕があれば、そういうのも楽しんだかもしれないけどね。でも聖書は小さい頃からよく読んだよ。母親が信心深くてね。もちろん、俺は神様なんて信じてないけど。
 神様が俺の掘っていた石炭をパンに変えてくれたかい? 俺がただ耐え忍んで毎日苦しい労働をしていたら、空から宝石を降らしてくれたかい? そんなことはないだろう。天に頼らず行動を起こしたから今の俺があるんだ。良くも悪くも。
 ただ、天国だとか地獄だとか、そういうのはあるかもしれないって、時々思うね。上や下にじゃないさ。俺の中にだよ。

 ホルムアルデヒド、凝固剤、エチレングリコール。

 銅より銀が好きだ。銀より金が好きだ。金より宝石が好きだ。価値があるから。俺を生かすから。
 けれど、君には銀が似合うと前から思ってた。自分が間違ってなかったって分かって俺、今、結構嬉しいんだ。透き通る白も赤も、冷たく輝く銀によく映えてる。銅だったら君の肌までくすんでしまうし、金じゃあちょっと派手すぎる。宝石は──髪にでも、飾れたらよかったんだけど。持ってないから、仕方ない。
 それにしても、銀の皿なんてすごいよな。俺、ここに来て初めて銀食器を触ったよ。くすねたら気づかれるんじゃないかって思うかい? 俺も少し迷ったけど、たくさんあったから一枚くらい取ったってきっと気づかれないさ。まあ気づいたって、誰が持っているかまでは分からないだろうし。安心してよ。
 あの執事たち、俺達が外でゲームをしている間、食器を磨いているのかな。それを取ってくる時にキッチンの棚にある他の食器を見たらどれも曇り一つなくて……。手間暇かけて世話されてるんだな、って思ったよ。ここに来る前の俺より、ずっと。まったく、嫌になるね。皿やナイフより安い人生だなんて。

 ……せっかく二人でいるのに、辛気臭い話をしちゃったな。でも、君は前から俺がどんな話をしたって真剣に聞いてくれたから嬉しかったよ。俺が不安定なときは眉を下げて心配してくれて、馬鹿話をした時には声を上げて笑ってくれて。そういうところが、好きだよ。そういうところも、かな。今はそうしてくれないって分かってても、やっぱり好きだからさ。

 …………キスしても、いいかな。唐突だって思うかい? そんなことないんだ。ずっとずっと、思ってたんだ。髪を撫でて、頬に触れて、キスをしたいって。
 ──はは、冷たいな。でも、思ってたとおり柔らかい。瞼も唇も、柔くてなめらかだ。俺とは違うね。
 なんだかこれでやっと、君に触れられた気がするよ。君の奥底に。

 メチルアルコール、石炭酸、ホルマリン。

 すべてすべて、君を変わらぬまま保つため。銀の皿の上で物言わぬ君を、うつくしく飾るため。
 知識はやはり、人生を豊かにするのだ。

 祝福を、祝福を。祈りのろいを、その魂に。その穢れ無き精神が、罪人の接吻により堕落しますように。その肉体から解き放たれた魂の歩む道を、蹄あるものが導きますように。罪深き者おれが命失いし時、その堕天した愛しき女が、地獄の門の前で待っていてくれますように。