胃も心も感傷も

「どう、どう?」
「美味しい……! すごいね、悠仁本当に料理上手なんだ」

 そう言うとテーブルの向かいで少しそわそわとしていた後輩はぱっと顔を明るくして、ちょっと照れくさそうに、そしてひどく嬉しそうに笑った。

 死んだと聞いていた両面宿儺の器と京都姉妹校交流会で初めて会ってから数週間。土曜日の今日、と悠仁は寮の食堂で昼食を共にしていた。
 呪術高専の寮では毎日朝食と夕食が提供されている。平日には昼食も提供してもらえるのだけど、授業が無い週末は各々の生徒で用意するのがルールだ。学外のコンビニに買いに行く者もいれば、解放されている寮内の食堂で自炊する者もいる。そもそも任務があって遠出していることもよくあった。
 は買ってきたり作ったり週によってまちまちだけど、今日は自分で何か作ろうと思って12時を少し過ぎた時間に食堂に行くとちょうど悠仁が料理を始めようとしていた。元気よく挨拶した悠仁はの分の昼食も作ることを提案してくれたので、びっくりしつつもありがたくその申し出を受けたのだった。

 大きなテーブルには豚バラ大根に小松菜の白和え、卵焼きに白いごはんとバランスのいい食事が並べられている。作っているときからその手際の良さにちょっと驚いていたのだけど、実際すごく美味しい。口に入れるとほろりと崩れる大根を呑み込んでもう一口、と豚バラを口に運んだ。

「一品料理かと思ったのに色々作ってくれてびっくりした……料理するの、好きなの?」

 が食べるのを眺めている悠仁に聞くと肯定とも否定とも取れない曖昧な返事が返ってくる。

「んー、好きっつーか必要だったから」
「親御さん共働き?」
「や、親はいないんだけど。爺ちゃんと二人暮らししてた」
「……そうなんだ」

 呪術師の家系でなくとも複雑な家庭で育つ人間は山ほどいる。悠仁も宿儺の器になる前からなかなか複雑な環境下にいたのかもしれない。少し口ごもると、悠仁は気にするなとでもいうように笑ってテーブルの上にある小鉢を指差した。

「白和えも多分上手くできたと思う!」
「あ、うん」

 言われるがまま今度は白和えに箸を伸ばす。うん、こっちも美味しい。
 それにしても、道理で味が濃すぎないわけだ。男子高校生ならきっと大量の白米に合うようなしょっぱめの味付けだろうと思っていたのに、悠仁の作ってくれた料理はどれも薄いとまではいかないながらもほんわりとした優しい味をしている。きっと一緒に暮らしていた「爺ちゃん」に合わせた味付けにするのが身についているんだろう。初めて会った時からずっと感じていたけど、やっぱり悠仁はいい奴だ。

「……にしてもさ、メシって人に食べてもらうもんだと思って作るとやっぱ気合い入るね」
「そう?」

 高専に来るまでは実家で暮らしていたは基本的に親の作る食事を食べ、時々今日みたいに自分の為だけに昼ごはんを作るぐらいの料理しかしたことがなかった。まあ今日は結局作らなかったんだけど。だからその感覚があまり分からなくて首を傾げると、悠仁はこくりと頷いた。

「うん。最後の方は爺ちゃんずっと病院だったから家に俺一人で。まあ惣菜買うより安いから自炊すんだけど、自分だけの分だとそこまで頑張る気もしなくてさ」

 言われてみればも昼ご飯を作る時には基本的に「空腹を満たす」という意識しかない。週1程度でもそんなモチベーションなのに、それが毎日続けば確かに頑張る気もどんどん無くなっていくだろう。

「なるほど……あ、悠仁も食べなって! せっかく美味しいのに冷めちゃうよ」

 なんて、ご飯をふるまってもらってる側が言うのもおかしな話だけど。が食事する様子をにこにこして見ている悠仁にも箸を取るように促した。

「あ、はい! やー、さんが美味そうに食ってんの見るの楽しくて」
「だってすっごく美味しいもん」
「えへへ」

 正直な感想を言うと悠仁はまた嬉しそうに笑った。くそう、なんだコイツさっきからかわいいな。不覚にもきゅんとしてしまう。
 内心胸を押さえているには気付かず、悠仁は「いただきます!」と手を合わせて箸を取った。

「うん、美味いね」
「ねー」

 二人で呑気に笑う。その後もちょくちょく話しながら食べていたけれど、悠仁はよりずっと多めによそっていたのに先に食べ終わって、またが食べるのを嬉しそうに眺めていた。の皿がほとんど空になったところで悠仁が尋ねた。

さん、もっと食う? 明日の分も作ったからまだいっぱいあるし。俺女の子がどんくらい食べるか分かんないから全部結構少なめによそっちゃった」
「え」

 お腹の具合はちょうど腹八分目といったところだ。食べようと思えば食べられるけど、これで終わりにしてもいいみたいな感じ。どうしようかと迷うに対して悠仁はもう半分椅子から腰を浮かしていて、ぐっと言葉に詰まった。否定の返事をするには悠仁の顔はあまりにも期待に満ちている。自分の作った料理を人に食べてもらうのがよっぽど嬉しかったのかな。

「……じゃあ、白和えもうちょっともらおうかな」
「うす!」

 数瞬迷った挙句そう言うと悠仁は嬉しそうに頷き、小鉢を持って立ち上がる。部屋着の背中が台所に引っ込むのを見届けてからぽつりと呟いた。

「……参ったな、年下タイプじゃなかったはずなんだけどな」
「なーにー?」
「なんでもなーい」

 ひょっこり顔を出して首を傾げる後輩に胃袋どころか心まで掴まれかけているのを自覚しながら残っていた卵焼きを口に運んだ。