全身で示せ

 どうも。オレである。海常バスケ部レギュラー兼高校生モデルの黄瀬涼太である。
 この前の席替えで隣になったかわいいけれど恐ろしい女の子が早川センパイの彼女であることが分かって数日が経ったわけだが、オレは未だに納得のいかない気持ちで日々を過ごしていた。つまりは、オレのことあんだけ貶しといて早川センパイが彼氏なの!!?!ということである。
 いや、別に早川センパイが悪い奴だとかそういう訳ではない。真面目だし、バスケにすごい情熱を傾けてるし、普通にいい人だと思う。でもあんだけオレを貶しといて早川センパイなの!!?!とやっぱり思うわけなのである。だってどう考えてもオレの方がルックスは良いし滑舌も良いし対女の子スキルもあるし……更に言うと、さんはオレの事をバカ呼ばわりしたが早川センパイだって決して頭が良いわけではないはずだ。なので、オレの方が良物件なのは明らかなはずだ。
 つらつらと述べているが、これは別にオレがさんと付き合いたいとかそういうわけでは全くない。単純に「納得がいかない」というそれだけのことだ。あんだけオレのこと貶しといて誰かと思ったら早川センパイなの!!?!ということなのだ。何度でも言うぞオレは。

 さて、そんな評価を勝手にオレから受けている早川センパイとその彼女であるが、そもそも本当に彼女は早川センパイの恋人なのか?という疑念がここ数日オレの中で膨らみつつある。
 席替え後にオレを罵倒しまくったとき、さんは彼氏の良い点をくどくどと述べはしたが、その人物の名前は出さなかった。早川センパイはさんの名前を聞いたら自分の彼女だと言っていたが、同姓同名の別人かもしれない。こんなことを思うのは、オレを貶しといて相手がまさかの早川センパイだったから、というわけではない。(いやまあほんの少しそれもあるが) あまりにも二人のタイプが合わないように見えるからだ。
 早川センパイは何というか、クソ真面目で熱血な暑苦しいタイプだ。もし女の子と付き合うとしたら同じように明るくて元気な子か、冷静でありながら穏やかにそんな熱血バカを見守ってくれる年上が合うと思われる。あとは頑張り屋さんで、熱い男についていこうと一生懸命頑張る健気な後輩とか。しかしさんはなんというか……なんというかこう……冷静というよりも「冷徹」という言葉が似合う子だ。思い出してみてほしい、彼女がほぼ喋ったことの無いオレに対して投げかけたあまりにも強く恐ろしい言葉を。あれはおよそ早川センパイと噛み合う気性ではない。あの子は熱血野郎を見たら、絶対に背筋も凍り付くような冷たい視線をやって自分の人生からシャットアウトするに違いない。
 さんに合う男はそんなキツイ彼女の言葉を笑って流すようなふわふわした年上の天然なんかではないだろうか。それか、下僕のように彼女を崇める奴とか。早川センパイはどう考えてもどちらでもない。部活でオレに一々つっかかってくることを考えると到底さんの発言を流せなさそうだし、女王様タイプにかしずく様な人でもないだろう。そんな感じで、オレにはどうしてもあんな二人がラブラブ(実際に二人が一緒にいるところを見たことはないが、この前のさんの彼氏べた褒め発言と、センパイのさんに手を出したら殺す発言に基づいたラブラブ感である)になるとは思えないのだ。

 そんなことを考えながらオレは隣の席に座るさんを横目で見ていた。伝えるのを忘れていたが、今はロングホームルームの最中である。2週間ほど先にある学校行事の話し合いも終わって、あと数分もすれば終業のチャイムが鳴る。前に立って連絡事項を話す担任を見つめるさんの眼はつまらなそうに細められていた。

 数分後。黒板の上にかかる時計の長針が12を指すと同時に、チャイムが鳴り響いた。ほとんど同時に、担任が話を終える。今日の授業はこれで終わりだ。
 さんと同じようにつまらなそうに話を聞いていたクラスメイト達が一斉に帰る支度を始める。一気にがやがやとうるさくなる教室の中、オレはどう動くべきかを決めかねていた。今日は珍しくバスケ部がオフで、これが終われば練習もない。いつもは早川センパイとさんは別々に帰っているようだが、今日は一緒に帰ったりしないのだろうか。センパイがこの教室にさんを迎えに来てくれたりしたら、本当に付き合っているのかどうか分かるのに。

 大多数の生徒と異なり席に座ったままのさんは、急ぐ様子も見せずスマホをスカートのポケットから取り出してスイスイと画面を操作していた。LINEでも確認しているのかもしれない。気付かれないようにその姿をそっと盗み見ていると、画面を見つめる彼女の目が突然驚いたように見開かれた。つられてオレも密かに驚く。スマホをポケットにしまったさんは、慌てたように机の上の筆箱やノートを片付けて帰る支度を始めた。まさかではあるが、これはもしかしてオレの想像が当たったのではないのだろうか。彼氏から教室に迎えに来るとの連絡があって急いで帰り支度を始めたのではないだろうか。
 予想を裏付けるように、支度を終えたさんはまたスマホを取り出して画面をチェックしつつ、教室の戸に時折目をやっている。なぜか当事者であるさんより緊張しつつ、オレは(見ていることを気付かれないようにカモフラージュとしてスマホを意味もなくいじりながら)彼女とともに来るであろう迎えを待った。
二分も経たない内に教室の後ろの戸が勢いよく開かれ、さんと俺は同時にそちらを向いた。

!!」

 全く音量調節の出来ていない無駄に大きな声が、さんの名前を呼ぶ。聞き覚えのありすぎるその声に、オレは今更過ぎではあるが、さんの彼氏が誰なのかはっきりと認めた。

 教室の前に居たのは、当たり前ではあるが早川センパイであった。こちらを見るとセンパイは嬉しそうに笑い、次の瞬間さんの隣に座っているオレに気付き「あっ!」と声を荒げた。分かりやすい男だ。
 さて、ここからが本当に気になっていた部分である。さんは一体どのような態度でセンパイに接しているのか、という点だ。氷のような彼女がベタ惚れしている彼氏にはどんな顔を見せるのか。予想するならば、あのべた褒めしていた時のような、もうそれこそ他の男に対してとは全く違うデレデレした態度か、逆に他人には滔々と好きな所を述べられても本人には素直になれず顔を赤くしつつもそっけなくしてしまうツンデレか。そのどちらかだろう。
 確かめるために横を向いたオレは、瞬間殴られたような衝撃を受けた。

 例えるならば、花の蕾が綻ぶその瞬間のような。
白かった頬がはにかんだように淡く桃色に染まり。真っ直ぐ見つめる先にある姿が嬉しくてたまらないとでもいうように、先ほどまで引き結ばれていた口が小さく笑みを浮かべる。同時に、ぱっと彼女の周りの雰囲気が綻ぶ。

 オレの予想はどちらも外れていた。デレデレでも、素直になれない意地っ張りでもない。
 静かに真摯に、恋する乙女の表情。
 決して強く主張しているわけではなく、それでもはっきりと恋をした顔をしたさんは、あまりにも可愛らしかった。

「…これはズルいっスわ……」

 呆気にとられて呟くオレの声など聞こえてもいないのだろう。
 弾むように椅子から立ち上がったさんは、淡い光のような雰囲気を纏ったまま廊下で待つ早川センパイの方へと軽く駆けて行った。

 柔らかい表情でセンパイと話す彼女は、全身で恋をしている。