彩りにはスパイスを少々
携帯の画面を何度見ても今日の日付は変わらない。ずっと待ち遠しかったけれど、同時に近づく度に焦りを感じていた日まであと一日。大好きなあの子の誕生日は、遂に明日に迫っている。
「師匠……女の子って何をプレゼントしたら喜ぶんですかね」
「プレゼント~?」
「はい」
楽しみにしていたのに同時に迫りくることに焦りを感じているのはこのせいだ。どれだけ考えても、何をプレゼントすれば彼女が喜ぶのか分からない。
「んなこと言ってもなあ。人によるだろ、やっぱり」
「ですよね」
当たり前の言葉を返されてため息をついた。あと一日で考え付くだろうか。
「まあでも、」
読み終えた新聞を畳んで、霊幻は茂夫の座るソファの奥にあるテレビを見やる。
「花が嫌いな女ってのはそういないんじゃねえか?」
視線を追って後ろを振り返ると、彼氏らしき男性から花束を受け取って満面の笑みを浮かべる女性がブラウン管に映っていた。
翌日。その日の授業を終えた茂夫は、霊とか相談所へと向かう道の途中にある花屋へと立ち寄っていた。
何を送れば彼女が喜んでくれるか分からないし、中学生の身ではそう高価なものも買うことはできない。だが霊幻の言う通り花束ならばそこまで高くはつかないだろうし、きっと彼女も喜んでくれるのではないだろうか。そう思ったのだ。
が、しかし。
「た、高い……!」
バケツの中、長い茎をそのままに活けられている花々を見て茂夫はぽつりと驚愕の言葉を漏らした。
まさかどれも1本で200円ほどするとは。茂夫の予算では、とてもではないが花束など作れない。焦って店内を見回すと、店の入り口近くに小さなブーケがあるのが目に入った。顔ぐらいの大きさをしたそれはとても可愛らしく、値段も1000円程度で手頃に見えた。
いくつかある内の一つを持ち上げて眺める。確かにかわいいが、こじんまりとしたそれにどこか物足りなさを感じてしまう。大きさが思いの大きさに比例するわけではないとは分かっているが、昨日のテレビに映っていた女性の笑みがどうして頭を離れない。満開の花々に少し埋もれるように輝く、心からの笑顔。どうしても、花に顔をうずめる様にする彼女が見たくてたまらなかった。
でも、お金は足りないしどうしよう。
途方に暮れているところに、ふと安い値段の書かれたバケツがいくつか店の隅の方にあるのが目に入る。不思議に思い近付いてよく花々を見ると、幾分安い理由に合点がいった。
「すいません、ここらへんの花って売り物ですか?」
レジの向こうにいた花屋の店主に声をかけると、彼は茂夫の方を見て頷いた。
「ああ、そっちの方の。一応売り物だけど」
「良かった……じゃあえっと、」
財布の中を確認して花の値段と照らし合わせる。
「全部の種類を合わせて15本で花束作ってください」
「……いいの? そっちの花で」
「はい」
店主は訝しげな顔をしていたが、茂夫は大きく頷いた。胸には既に大好きなあの子の笑顔が浮かんでいた。
・・・
それまで両手で持っていた花束を片手でなんとか持って、相談所の扉を開ける。開けた視界にソファに座るが見えた。茂夫の姿を見るなり彼女は立ち上がってそちらへと駆け寄り、嬉しそうな声を上げた。
「モブ君!」
「ちゃん、待たせてごめんね。誕生日おめでとう」
学校でも口にした言葉だが、もう一度。祝福と共に花束を差し出すと、は目を見開いて固まった後嬉しそうに笑った。
「わあ、こんな大きな花束……! ありがとう! ……あれ?」
「おー、やるじゃねーかモブ! って、んん?」
何かに戸惑いの声を上げたの後ろから覗き込んだ霊幻が、同じように訝しげにする。
当然だ。大きな花束の花々は、まだ蕾だったのだから。
落ち込むというわけでもないが、どこか困惑したように見つめてくるを前に、茂夫は深呼吸をした。ここからが本番だ。
「まだこれは完成してないんだ。今、ちゃんにぴったりにするから」
そう言って茂夫は彼女が持つ花束に手を添えた。
流れ込む力に花束がかすかに震える。一瞬を置いて、固い未熟な蕾たちは一斉に綻び始めた。ビデオを早送りしているように蕾を覆っていた緑の萼片が開いて、隠されていた花弁が可憐なその姿を見せ始める。ぱっと開き目の前に咲き誇る色彩に、は思わず息を呑んだ。
「わ……!」
命の輝きを目の前にして言葉が出ない。ただただ感嘆に口を開くに、茂夫はほっとして息をついた。よかった、喜んでくれたみたいだ。
安心したのも束の間、音も無くの頬を流れ伝った涙に茂夫は心臓が飛び出るほど動揺した。
「えっ、え!ちゃん、大丈夫?ぼ、僕何か変なことしちゃったかな」
おろおろとする茂夫には勢いよく首を振って、涙を拭いた。
「ごめん、ただすごく嬉しくて……こんな素敵なことを目の前でしてもらえて、幸せで胸がいっぱいになっちゃったの」
ほんの少し赤くなった目元を光らせて笑うの笑顔は、咲き誇る花々のようにとびきりかわいい。
心底幸せそうに笑う彼女に、ようやく茂夫も心からの笑顔を浮かべたのだった。