脈打つ時を

「送っていこう」

 そう言われて校門を一緒に出て、と徳川は2人並んで家への道を歩いていた。
 いつもより闇の深い道は、遅くまで学校に残っていたせいだ。生徒会の会議が終わった後に徳川や神室、律など親しい役員の数人がの誕生日を祝ってくれたのだ。気恥ずかしいけれどもちろん嬉しくて、繰り返される祝いの言葉に同じだけのお礼を返した。
 真面目な生徒会役員達らしく、送られたプレゼントはどれも非常に実用的だった。彼らの性格がよく出ているようで、思い返してはまた小さく笑う。

「本当に今日はありがとうございました」
「ああ。喜んでもらえてこちらも有り難い」

 の歩きながらの小さいお辞儀に返される相槌は心なしかいつもより少し柔らかい。普段より遅い時間に一緒にいるせいか二人の間にはほんのかすかな非日常の匂いが漂っていて、お互いのいつもとはほんの少し違う面を見せられているようだった。
 帰宅ラッシュで騒がしい大通りを過ぎて住宅街に入れば人々の喧騒は一気に遠くなる。家々の中から漏れ出す明かりが照らし出す帰り道には二人の靴がアスファルトを踏みしめて寒さに色のついた息を吐く音だけが響いていた。

「……考えてみれば、誕生日を祝える機会なんて本当に少ないものだな」

 ふいにそう徳川は言った。呟く声は独り言のような響きを帯びていたが、その瞳は優しくを見つめている。

「そうですか?毎年あるのに」

 首を傾げるに彼は吐息だけで笑って、細く白い息を吐いた。

「長く生きたって100回程度、平均だったら80回ぐらいか……それよりずっと少ない可能性だってある。1年は365日だが、その中で1日しか生まれたことを祝福できる日はない」

 その365分の1を、それと知って祝うことが出来た。
 感慨深そうに、惜しむように。徳川はぽつりぽつりと言葉をこぼす。

「去年はそもそも君の誕生日を知らなかったし、来年は……俺は、卒業してしまうからな。本当に貴重な1回だったんだ、今日は」
「そ、そこまで言わなくても」

 自分の誕生日は1年に1度しかないが、毎日が誰かの誕生日なのは当たり前のことなのだ。それなのにそこまで言われると恥ずかしくなる。暗い夜道では顔色など見えはしないだろうが、は俯いて頬が熱くなっているのを隠した。
 ほんの少しマフラーにうずめられた横顔を見て徳川は目を細めた。その瞳がどれだけ彼女に対する慈しみに満ちているか、近くに誰かがいれば一目で分かるほどに優しい眼差しだった。
 歩き続けるまま、徳川は言葉を続ける。

「……そのたった80回程度しかない機会の内の1回に立ち会い、の誕生日を祝う事が出来て本当に嬉しいし、それで満足するべきなんだ。…だから、更に願ってしまう俺は欲深いんだろうな」

 呟くような口ぶりは自嘲を帯びているようで、思わずは顔を上げて徳川の方を見た。
 斜め上に見える横顔の口端に浮かぶ歪んだ三日月は普段より早熟な彼をいっそう大人びて見えさせる。憂いたその表情だけでも心臓を騒がせるのに、その上急に彼が歩みを止めるものだから、は心底びっくりしながら足を止めた。

「徳川先輩……?」

 人気のない暗い道、街灯が向き合う二人を照らし出す。問いかけるから表情を隠すように一度俯いた後、徳川は顔を上げて真っ直ぐに彼女を見つめた。

「……願うならば、これから先もの誕生日を祝える関係にならせてほしい。俺が卒業してしまえばそのまま途切れてしまうような繋がりから、先に進みたいんだ」

 数瞬固まったのちに言葉の意味を理解して、は今度こそはっきりと顔を赤くした。

「……それ、って」
が好きだ。俺は、今年だけでなくこれからも傍で君の生まれたことを祝える存在でいたい。可能なら、ずっと」

 はっきりと紡がれる言葉たちは彼自身のように実直で誠実だ。
 泣きたいぐらい幸せな気持ちで頷いた後に徳川が見せてくれた心底ほっとしたような柔らかい笑顔を、きっと自分は一生忘れないだろう。
 そう思えるような、夜だった。