なんだかんだで大団円

 冬休みが終わり三学期が始まってから一ヶ月が過ぎた。田所さんと金城さんが引退してから大分経ち、オレもようやく部活での最上級生という立場に慣れてきた。まだまだ三年生の三人ほど自分達に頼りがいがあるとは思えないし、口下手なところも変わってはいない。それでも、少しずつ純太や皆と一緒に、来年度に向けて進めていると思う。

 今日の練習が終わって制服に着替え部室で帰る支度をしていたところで、椅子に座ってケータイをいじっていたが顔を上げて大きな声を出した。

「あっ、そうだすっかり忘れてた!」

 ケータイをコートのポケットにしまって、鞄の中をガサゴソと探る。
 声に振り返った他の皆が見つめる中、鞄から何かを出したは真っ直ぐにオレに向かって歩いてきた。

「はい、青八木」
「!!」

 部室にざわめきが走る。
 思わず息を止めた。笑顔と一緒に差し出された包みは手のひらに余るぐらいの大きさ。今日この日に女子から男子に渡されるものなんて、そんなの一つしかない。

「うおー! なんや先輩大胆なんすね!!」

 さっきからこっちを凝視してた鳴子がニヤニヤ笑いながらオレの隣に立って、肩をバンバンと強い力で叩いた。でも、それも気にならない。
 ずっと好きだったけど多分気付かれてないしこのままずっと叶わないと思ってた恋の相手からチョコがもらえる。元から赤くなりやすいたちだけど、いつも以上に顔が赤くなっている自覚があった。

「なにが?」

 オレから鳴子に目を移してはきょとんと首を傾げた。いやなにがって、と鳴子が突っ込んだけれど、は気にせずオレの方に向き直ってまた笑った。

「あっ、ありが」
「青八木、誕生日おめでとう!」

 驚きと緊張と気恥ずかしさでつっかえながらも礼を言って受け取ろうと手を出したまま、オレは固まった。
 部室の空気が凍りつく。数秒の沈黙のあと、純太がようやく口を開いた。

「……
「ん?」
「青八木の誕生日は24日だ」

青八木一の場合

「ごめん、ほんっとにごめん! 勘違いしてた!!」
「そんなに謝らなくていい……」

 純太の言葉に数秒固まったあとみるみる蒼白な顔になって悲鳴をあげたは、今オレの前(斜め下?)で土下座をしている。
 部室の床に頭をめり込ませる勢いで頭を下げるを止めたいけど、オレは口下手で言葉では上手く言えないからつまりその代わりに肩を押さえたりしなきゃいけない。なんというかは女の子だしそう簡単に体に触れていいのか分からなくて、オレは少し背をかがめた姿勢のままただおろおろとしていた。

「ちゅーか去年だって部活で一緒やったんやないですか? なんで忘れとんねん」

 二人でどうしようもない感じになってるオレたちを眺めて鳴子が首を傾げる。それは正直、思う。去年は間違えてなかった。
 皆から疑問の視線を向けられて、一度そろそろ頭を上げたは申し訳なさそうにまた体を縮めた。

「だから本当に勘違いだったんだよね…なんかもう変な風に脳にインプットされちゃってたんだよね」

 ごめんね、とこっちを見て眉を下げて謝る姿は本当に申し訳なさそうで。そんな顔されたら、こっちだって何も言えるわけない。
 悪気がなかったのは分かってるから責めるつもりなんて微塵もないけれど、それでも好きな人に自分の誕生日を覚えてもらえてなかったのはやっぱりちょっと悲しい。

「残念だったな、青八木」
「……」
「来年があるさ」

 鳴子とは反対側に立った純太が小さく落とした肩を軽く叩く。純太はオレの気持ちを知ってる。力なく頷くオレに苦笑して、手をひらひら振った。
 一年後は、随分先だ。

「しかも今日間違えるってのが中々先輩も残酷ですね」

 それまで黙って騒ぎを見てた今泉が発した言葉に、また心臓がズドンと落ち込んだ。
 そうだ、誕生日を間違えて覚えられたのもショックだったけどそれがしかも“この日”ってことが余計に辛い。

「へ? どういうこと?」
「きょ、今日ってバレンタインじゃないですか」

 またさっきみたいにきょとんと首をかしげるに小野田が遠慮がちに声をかけた。バレンタインとオレの誕生日を混同して覚えてたわけじゃなかったのか…でもまあバレンタインを気にしてないってことはには彼氏や好きな人はいないってことだろうからよかったかもしれない。
 オレがこっそり安堵のため息をつく斜め下では合点が行ったというように声を上げた。

「あー! そういえばそうか! だから鳴子くんあんなこと言ったのか」

 ぽん、と手を叩いたは土下座の姿勢をやめて立ち上がった。かがんでスカートの埃を軽く払うと、今度は両手を組んでぐいっと伸びをする。

「じゃあむしろちょうどよかったかもね」
「え、」

 どういうことだろう。
 固まるオレに、今日一番の笑顔では椅子の上に一旦置いてあった「誕生日プレゼント」をまた差し出した。

「ハッピーバレンタイン! チョコじゃないけど本命だよ!」

 さっきより大きいどよめきが部室内に起こるのは一秒後のこと。