諦めが肝心

「きみィ、人の机の前で何しとるの」
「ひっ!」

 部活が終わったあとに忘れ物をしていたことに気づいて教室に戻れば、不審な人影が自分の机の前にあった。
 挨拶をするのも面倒でその人物が教室を出るのを待とうとしばらく教室の入り口から眺めていたが、暗い教室の中で少しも動く様子を見せないため痺れを切らして声をかければ、影は情けない声をあげて跳び上がった。

「なんや、さんやないの」
「ど、どうも…」

 ビクリと体を動かしこちらを見た女子生徒は隣の席のだった。普段は落ち着いた静かな生徒で、御堂筋と接する時もそれは変わらない。あまり喧しい輩が好きではない彼にとって、悪くない隣の席の女子だった。
 だが、どこかぎこちなく少し頭を下げる姿はいつもとは全く違う。挙動不審な様子に首を傾げた。

「なんで暗がりで微動だにせんのキミ。キモいわ」

 容赦のない辛辣な言葉には乾いた笑いを返し、そろそろと机の前から動いた。一瞬どうしようか迷う素振りを見せた後、その足は御堂筋の立つ教室の戸へと向かう。
 だが、疑問を解かないまま教室を出させるつもりはない。それが自分(の机)に関わることなら尚更だ。戸に寄りかかっていた体を起こして廊下への道を塞ぐようにすれば、その意図を読み取ったのか彼女は足を止めて気まずそうに口を開いた。

「忘れ物をして……」
「なんでそれでボクの机を見つめとるん」
「あ……その……御堂筋くんの机は板目が綺麗だなあと」
「キミアホすぎるやろ」

 嘘が下手すぎる。 冷ややかな目にさらされ怯えた顔をして、はおずおずとまた口を開いた。

「あ、あのー教室出たいなーとか思ったり」
「ダメや」
「ええっ」

 にべもなく返された言葉にうちひしがれた顔を、覗き込むように目線を合わせる。驚いた彼女が後ずさる分近づけば、間の距離は変わらない。

「子供の頃に習わんかったんか、嘘ついたらあかんって」
「いや嘘じゃ」
「それも嘘やな」
「……」

 ぐっと黙り込む姿を意地の悪い笑顔で眺めた。
 本当のところ、もう見当はついているのだ。が自分の机を真剣に見つめていた理由は。今日という日がなんの日か考えれば難しいことではない。
 ばれないようにだろうか、一瞬教室の後ろの戸に目をやったの左手首をつかんだ。強い力にびくりと震えた体温は先程まで部活で体を動かしていた自分より幾分低い。

「今後ろの戸から出ようと思ったやろ」
「えっあっいや全然思ってません」
「今日のサアンは嘘ばっかやな」

 往生際が悪い。
 細い手首をつかんで引き寄せれば軽い体は簡単に近付いた。

さん、右手になに持っとるの」
「!」

 首をかしげて問えば、は御堂筋から顔をそらし俯いた。先程から自分に見えないように彼女が背中にやっていた右手を見やる。

「ボクがァ、気づかんとでも思っとったん? 分っかりやすく右手後ろにして」
「な、何も持ってないよ」
「嘘つきは嫌いや」
「!!」

 空々しい言葉に半ばかぶせるようにそう言えば、は弾かれたように顔を上げようやく真っ直ぐにこちらを見つめた。大げさなまでの反応に先程から浮かべていた笑みを更に深くし、御堂筋は確信を強める。やはり考えていたことは当たっていた。
 ひどく傷ついた顔をしたは何かをこらえるようにぎゅっと口を閉じ、数拍置いた後ため息をついてからゆっくりと言葉を紡いだ。

「持ってるよ。忘れ物じゃなくて、違うもの」
「知っとるわ。最初から素直に言うたらよかったんに」
「……言ったって、仕方ないから」
「キモッ、なんで自己完結するん。重要なんはボクがどう思っとるかやろ」

 力なく呟かれた言葉に鼻を鳴らしそう一蹴すれば、は先程嫌いと言われた時よりも驚いた顔をしてぽかんと口を開けた。

「み、御堂筋くん、が何持ってるか分かってて言ってるの?」

「分からん方がアホやわ。今日朝からボクのこと見とったやろ」

 いや、今日だけやなくていつもやな。
 そう言えば、は暗い教室の中でも分かるほどに顔を赤くした。

「なあ、さっさと渡すんやったら受けとってやってもええで」

 つかんでいた左の手首を一旦離し、自分の右手とその指を絡めた。

 彼女の顔は赤いけれど、やっと見せたはにかみながらの笑顔は自分の好きな黄色をしている。