君の定義する特別

「確かにさ、この季節って今泉っぽいよね」
「……どういう意味だ?」

 部室で散々騒がしく誕生日を祝われた後の帰り道。他のメンバーと別れてから特に何かを話すわけでもなく、だからといって決して気まずいわけではない温度の中、今泉とは歩いていた。

 急に発せられた言葉に、今泉は瞬きをしてを見つめた。冬はとっくに過ぎて夏が近づいているといっても、18時を過ぎれば空は当然のように暗い。隣を歩いていても彼女の表情はよく見えないから、どういった意味で言ったのか判断するのは難しい。今泉が無意識の内に眉をしかめたのを感じ取ったのか、は小さく笑ってハンドルを握る今泉の手に優しく自分の手を重ねた。

「いい意味とか悪い意味とか、そういうんじゃなくてさ。この季節に今泉が生まれたのってすごくしっくりくるなって思ったの」
「5月の中旬、っていうのがか」
「そう」

 どう分類するのにも、中途半端な時期だ。春というには桜はとっくに散っていて、うららかな陽気には程遠い。梅雨といえるほど雨は降らず、だからといって傘を持っていくかどうか毎日迷わなければならないぐらいには天気は不安定だ。一日の中の寒暖差が激しく、昼が暖かかったからと上着を持たずに外出すれば帰り道の風は身震いするほどに冷たい。
 そこまで考えて、今泉は今度こそはっきりと眉をしかめた。今まで気にしたことなど一度も無かったが、考えてみれば本当に中途半端な季節だ。春でも、梅雨でも、夏でもない。そんな季節がピッタリだと言われてあまりいい気分はしない。

「今泉ってクールだけど、熱いでしょ」
「は、」

 悶々としている内に放られた言葉は思考を混乱させるに十分で。どう返せば良いかもわからず今泉はハンドルを握る手に力を込めた。合わせられた彼女の手の温度は心地良いけれど、話がどこに向かっているのかはさっぱり分からない。どういう意味だ、ともう一度尋ねた声は、口に出したら思った以上に不機嫌になってしまった。

「去年の誕生日の時はさ、まだ知り合ったばかりで今泉のことよく知らなかったから特に何も思わなかったんだけどね」

 勝手に冬生まれの方が似合うな、なんて思っちゃってたとの言葉に今泉は少なからず思い当たることがあった。
 元よりあまり愛想の良く見える顔ではない。切れ長で細い目の冷たく整った顔立ちだからただでさえ近付きがたいのに、そっけない態度がそれに拍車をかける。誕生日が五月だとクラスメイトに知れると必ずといっていいほど「意外だ」と言われたものだった。

「でもね、一年間一緒に部活やってきて全然そんなことないって気づいたんだ。確かに普段の今泉はクールだけど本当は結構世話焼きで優しいし、レースの時は冷静なだけじゃなくてびっくりするぐらい熱い走りすることもあるでしょ」
「オレが世話焼き?本気で言ってるのか」
「今年のウェルカムレース、杉元に対しての今泉の態度世話焼き以外になんていうの」
「……」
「そういうとこ、5月っぽいって思うの」

 冷たいと思えば熱くて。長い冬が終わり、穏やかなだけの春を過ぎて。 力強い夏を迎える強さを秘めている。そうは言った。

「5月病とか、あんまり良くない印象を持ってる人も多いけどは5月好きだよ。他のどの月よりも可能性を秘めてると思うから」
「可能性……」
「うん。だから可能性に溢れてて、クールで熱くて、成長してる今泉にぴったり」

 暗くて見えなくても、が優しく笑っていることが口調から想像できる。顔に熱が上るのを感じて、今泉はどうしようもなく恥ずかしくなった。つい先程まで気にも留めていなかった自分の誕生日の日付が彼女の言葉一つでこれ以上ないほど大切に思える。どうしようもなく単純だ。
一度ハンドルから左手を離し、まだハンドルに置かれているの右手に重ねる。先程まで自分を包んでいた温度を今度はこちらから包み込んだ。あまり感情を言葉で表すのが得意ではない自分のこの想いが少しでも伝わればいい。

「5月好きっていうか、今泉が5月生まれだから5月のことも好きになったって方が正しいんだけどね」

 ああもう、これ以上可愛いことを言って困らせないでほしい。

HAPPY BIRTHDAY,
SHUNSUKE IMAIZUMI!