言わなくても分からないで

 いくらインターハイが重要だからといって、期末テストが免除されるなどということは勿論ない。学生の本分はあくまで勉学なのだ。
 うだるような外の熱気から隔絶された今泉の部屋は以前ケータイの写真で見させてもらった彼の先輩の部屋に負けず劣らず広い。冷房から流れ出る形のない冷気に手を伸ばして、はフローリングの床に手を伸ばした。

「おい、勉強しに来たんだろ。寝るな」
「一休みしてるだけ!」

 梅雨の真中であるこの時期特有の湿気はどうにもやる気を削ぐ。寝転がったまま斜め上の涼し気な横顔を見つめて、頬杖をついた。

「それにしても今泉が古文得意だったとはね……意外」
「なんだその言い方 馬鹿にしてるのか」
さ、なんか今泉勉強できないタイプだと勝手に思ってたんだよね」
「なんでだ」

 動かしていた手を止めて見つめてくる今泉は心なしか苛立たしげな表情をしている。

「ロード一筋で勉強なんて全くしないかと思って」

 あっけらかんとした言葉に今泉はフン、と鼻を鳴らした。

「そのロードに集中するためにも勉強はおろそかにできない。赤点なんて取ってインハイ代わりに補習、なんてなったら笑えないからな」
「ごもっとも」
「分かってるんだったらお前も早く起きて勉強しろ。古文教えてほしいって言ってきたのはそっちだろ」
「はーい」

 言葉だけ見ると少し冷たいがその声色はあくまで優しい。こんな些細な事に幸せを感じてしまうなんて単純だ、と思いながらはペンを握り直した。
 その後一時間ほど机に向かい、の集中力が切れてきたと感じた今泉はシャーペンを置いて口を開いた。

「休憩にするか」

 その言葉に顔を上げたは両腕を上にあげ伸びをする。

「はー疲れた!ありがと今泉」
「まぁ、お前にしては頑張ってたじゃないのか」

 柔らかい声でそう言って、今泉はの頭を軽く撫でた。その手から伝わる優しさに思わず頬を緩ませればハッとしたように撫でる手を止めて頬を赤くし、悔しそうにするのだから素直ではない。
 そそくさと体を離し机に向き直る横顔を見つめて、は口を開いた。

「インターハイ、見に行ってもいい?」

 静かに尋ねる声もその目もなぜか不安を帯びていることに首を傾げて今泉は答える。

「行ってもいい、も何もお前の自由だろ。来たければ来ればいいし、興味ないんだったら来なきゃいい」

 きっと鳴子などが自分の彼女にこんなことを言われたら、絶対に見に来いと言うだろう。惚れ直すはずだ、などと言って。だがそんな風に言えるほど今泉は素直ではない。

ロードのこととか全然よく知らないし分からないから応援してる、とか頑張れ、とか軽々しく言えない。ただ、今泉があれだけ時間と情熱をかけて打ち込んでるのが、どんなものか見たいから行くの。それでもいい?」

 早口で紡がれた言葉に一瞬固まった後、今泉はを見つめた。
 ぶっきらぼうに言った割に目はまだ揺れているし、手は髪の先をいじって落ち着かない。その様子を見て、先程の言葉を考えて、理解した。
 本当はきっと「頑張れ」とも「応援してる」とも言いたいのだろう。今泉がどれだけの時間をロードに捧げてきたのかは知っているから。そしてだからこそ、軽々しく励ませないと思っているのだ。
不器用な奴。そう思って今泉は口端を上げた。

「悪くない理由じゃねえか」

 素直ではない者同士、やはり自分たちはお似合いなのかもしれない。