デザートはおあずけ

「……なあ」

 弱々しい声が頭の上から聞こえる。大好きな男の子の、弱りきった小さな声。

「んー?」

 聞き返す自分の声は我ながら面白いくらいに上機嫌だ。

「離れてくれねーかァ?」
「んー…………やだ」

 たっぷり時間を置いて、最初から決めていた返事をする。が漫画のキャラクターで、言ってることがフキダシに入っていたら、語尾に音符マークが付くんじゃないかってくらいに弾んだ声。
 キッパリとした返事に億泰くんは深い深いため息をつき、の肩口へと頭を埋めた。

「ひでーヤツ……」

 お腹に回った腕にギュウと力が籠る。
 ひでーヤツらしいは億泰くんの腕の中で笑って、彼の厚い身体に背中をもたれた。

 放課後、の部屋でのまったりした時間。は胡坐をかいた億泰くんの足の間に座る形でくつろいでいる。テレビを見つつ、時折彼の太くて節ばった指を弄んだり、首を反らして彼を見上げたり、制服に包まれた膝小僧をツツツとなぞったり、自由気ままに自分とはまるで違う身体と触れ合っていた。億泰くんの身体は大きくて、分厚くて、あったかい。こうやって背中を預ける形で包まれていると安心する。
 彼と触れ合う時はいつだって幸せだけれど、今日はちょっとまた違う楽しさがを高揚させていた。

 億泰くんが部屋に入った時に「今日はそういう気分じゃない」とハッキリ告げたを見た、彼の顔といったら!
 それはもう雷に打たれたみたいで、ガーンという擬音が後ろに見えそうだった。今日は親が家にいないと言ってあったから、期待していたんだろう。健全な男子高校生だ。当たり前かもしれない。
 付き合いたての頃は手を繋ぐだけでも照れに照れて、そのかなり人相が悪い顔を真っ赤にしていた億泰くんだったけれど、半年以上たった今では二人っきりなら躊躇せずにぎゅうっとを抱き締めてくれるし、お互い好き同士の男女なのでキス以上のこともした。も億泰くんが初めての彼氏だったので最初の内は何をするにも恥ずかしくて仕方なかったけれど、今はちょっと慣れてきている。まだ完全に羞恥心が消えたわけじゃないけど。

 エッチが駄目ならイチャつきたくないということか、と言われるとそういうわけでもない。なんというか、うまく説明はできないけれど「手を出されないと分かっているからこそ、ただただくっついてイチャイチャしたい」みたいな気持ちになるのだ。エッチなことがしたいんじゃなくて、ただ億泰くんとくっついていたい。軽いキスをして、ハグをして、ぴったり寄り添い合う。そういうことをする。でも、それだけ。性欲じゃない形で、お互い好きって確認したい。
 男女の差なのか、個人の差なのか。億泰くんはこの提案というか状況というかの意味がさっぱり理解できないようで、エッチはしたくないと言ったくせに彼が作った胡坐の中にいそいそと入ってきたにひどく困惑していた。それでも拒まないでくれたのは優しさか、はたまた下心か。

 大好きな男の子に思いっきり甘えられて幸せ。そんな風に最初の内は思っていたのだ、本当に。億泰くんの腕の中でテレビを見ながら下らない話をして、時折後ろの顔を見上げて目を合わせる。最初はそれだけだったけれど、時間が経てばたつほど億泰くんはあからさまにソワソワして、上の空になって、くっついたの身体を意識しないように苦しんでいた。を包む大きな身体は熱くなっていき、お尻に当たる感触はどんどんと固くなっていく。
 その様があんまりにもかわいくて、いじらしくて、たまらない。手を出せないことに苦しんでいるくせに、突き放さないでいてくれるのだ。不良のくせに優しい、これだから好きなのだ。段々と悪戯心が出てきてしまって、少しずつは意地悪になっていった。だから、これはのせいじゃない。かわいすぎる億泰くんのせいだ。
 大きな手を取って、一本一本を確かめるように掴む。億泰くんの腕を掴んで、自分のお腹に回してぎゅっと抱き締める。時々振り返って顔を上げ、無言でキスをねだったりもする。数十分後には、億泰くんは「もう限界です」という顔をしていた。首輪をつけられた、お腹を空かせた猛獣の顔。

「駄目だよ。ダメ」

 優しい声で囁いて、体をねじって胸板に耳を押し当てて、学ラン越しでもどくどくと煩い心臓の音を聞く。宥めるように大きな手をさすると、ぎゅうと拳が握られる。
 なんとか抑えているのだ。激情を。劣情を。

「お前よぉ~、なんでこんな意地の悪ィことすんだよ!」
「億泰くんがかわいいから」
「はぁ!?」

 訳が分からない、と顔に書いてある。元より理解しがたいであろうことを色々と切羽詰まった状況で言われたからか、彼は深く考えることを放棄したようだった。代わりにの肩を掴んで、こちらを覗き込んでくる。

「……もし俺が我慢できなくなってお前に手ェ出したらよォ~」

 はあ、と熱い息が髪をくすぐる。いつもより低い声が鼓膜を震わせた。

「うん」
「どーなるんだ?」
「うーん、そうだなあ……」

 もう辛抱たまらなくなって、ぴたりとくっつくの身体を億泰くんが乱暴に掴む。そのままフローリングにを押し倒して、がむしゃらに唇を合わせて、スカートの裾にその熱く硬い手を忍び込ませる。そうなったらの抵抗なんて荒波に呑まれた一枚の葉っぱくらいに意味のないもので、嵐のように激しく事が進むだろう。もうまるで体験したかのように、ありありとその光景が頭に浮かんだ。
 もし、そんなことが起きたとしたら。

「──億泰くんのこと、嫌いになっちゃうかも」

 歌うように言って見上げた、億泰くんの顔といったら! まるで世界の終わりが来たようだった。
 もちろん、これだけ焦らしておいて襲われたんならにも責任の一端はあるわけだし、億泰くんを嫌いになったりなんてしない。これはただの意地悪だ。だけどまあ、一週間くらいは冷たくするかも。一か月はエッチどころかハグもキスもさせてあげないかも。ひどく冷静にそんなことを考える。けれどそんな思考が億泰くんにバレるわけもなし、彼は数瞬固まってからフリーズ寸前のロボットみたいに「嫌いに……なる……」と繰り返した。流石に身体の熱が一気に冷めるわけではないけれど、顔からは血の気が引いて、ひどく怯えた表情が強面に浮かぶ。大きくて強い億泰くんが、みたいな彼よりもずっとずっと小さくてか弱い存在の言葉に振り回されている。
 に嫌われたら、とそう思うだけで青くなっている。ああ、なんて、なんて。背筋を這い上がる嗜虐心にぞくりと身体が震えた。

「嫌いになんないでくれよォ~~」
「ならないってば、そうやって抱き締めてくれてるだけならね」

 情けない声で泣きついて、億泰くんはまたぎゅうっとを抱き締める。ずっと体をひねりながら上を向いているのは辛いので、なんとか狭い空間の中で向きを変えて彼と向き合った状態になった。手を伸ばしてよしよしと頭を撫でると、そのまま億泰くんはの首筋へと顔を埋めた。カジュアルな「嫌いになっちゃう」発言はいたく彼を恐怖させたらしい。

「しなかったら、大好きなままだよ」

 甘く甘くそう言って、安堵したのか少し顔を上げた億泰くんの喉仏にキスをする。出っ張ったそこがごくりと唾を飲み込んだ。そっと下に手を伸ばして、制服を押し上げる硬く熱い塊に触れる。何度も何度も優しく撫でさすれば、低い唸り声が彼の口から漏れた。必死にを食い荒らさないように耐えている。を抱き締める腕にはどんどんと力が籠るけれど、決して抱き潰しはしないように抑えている。

「かわいいねえ、億泰くん。いい子だねえ、億泰くん」

 囁きながら耳たぶを食み、口内に迎えたまま舌で舐め上げると、一つ大きな身体が震えた。

 不良らしくて、男らしくて、かっこよくて、不器用なあなたが好き。
 押しに弱くて、しおらしくて、かわいくて、不器用なあなたが好き。
 どれも全部全部、のものだ。