単行本5巻未収録分キャラクタ-、本誌(46話以降)ネタバレ注意

「うわっ、冷た!」

 触れた指、その先。ほんの一瞬の体温の交換で分かるほどに、その手は冷たかった。たちの手の間を経由した醤油差しが中でちゃぷんと波を立てる。幸い、零れはしなかった。

「冬だからな」

 びくりと手を跳ね上げたに対して、隣で胡座をかく漆羽さんは特に気にする様子も無くあっけらかんと答える。冷たい手はそのまま目玉焼きに醤油をかけて、また容器を机に置いた。

「いやいやいや……それにしてもだよ。漆羽さん冷え性?」
「言われてみるとそうかもしれねえ……」

 言いながら、漆羽さんは両手を擦り合わせた。白く浮き出る関節と赤く染まった指先はそのまま冬の寒さを視覚に伝える。漆羽さん、筋肉はあるのに。まあ、鍛えているからって必ずしも冷え性が解消するわけでもないらしいし。そういう体質なのかな。

「だが最近鍛錬サボってるからな……それで体が鈍ってるせいなことも有り得る」
「“あれ”でサボってる判定なの……?」

 当たり前といえばそうなのだけれど、漆羽さんは恐ろしく強い。サボると言ってもなんだかんだ毎日絶対に体は動かしているのを見るし、根が真面目なのだろうな、と思う。時々神奈備 わたしたち が鍛錬しているところに軽く混ざると動きはすこぶる良くて、英雄の名に相応しい体捌きと剣術を見せる。

「あんたの手があったかいんじゃねえか」
「えー、そうかな」

 特に体温が高いと言われたことはない。別に冷たいと言われた覚えもないけれど。ふと思いついて隣に「ねえ」と声をかけた。

「ちょっと手貸してもらってもいい?」
「おう」

 漆羽さんとは逆隣に座る同僚はキャベツの千切りを口に含みながらに右手を差し出してくれたので、そのまま握りしめる。──温かい。人肌の範囲内だけれど、より幾分高い。まだ朝食を食べ始めたばかりだし、代謝が上がってそうなっているわけではないだろう。

「あったか~い」

 ほっとする体温にのんびりした声を出すに、彼はキャベツを飲み込んで簡潔に感想を告げた。

「お前はちょっと冷たいな」
「そ、うあ!!」

 突如何かが右手を覆うのに思わず大きな声が出た。真冬の水のような冷たさで、けれど乾いている。比喩ではなく冷や水を浴びせられたような心地に鳥肌が立った。

「冷っった!! 何!?」

 急いで振り返ると、漆羽さんがの手を握りしめていた。指先が触れあった時とは比じゃない冷たさだ。手の甲をすっぽり覆う彼の手はのものより一回り大きい。剣だこがあるからか、所々でこぼことしている。
 意味が分からなくて漆羽さんを見るとバチリと目が合った。何故か少しだけ寄せられていた太くて短い眉が、と見つめ合うと元に戻る。そのまま漆羽さんは「ふむふむ」みたいな不自然なくらいに自然な表情を作って、じーっと達の手を見つめた。

「なるほどな、俺の手が冷たいのか」
「いや『なるほどな』じゃなくて!」

 急いで同僚から左手を離して、ガッチリとの右手をホールドしている冷たい手を剥がしにかかる。けれど漆羽さんは更にの左手へと自分の右手を重ねた。二人きり、空中で重ねてドンをしているみたいな状態になっている。なんで?

「えっほんとに何!? 冷たいって!!」

 単純な力でが漆羽さんに敵うわけもない。両手とも冷え冷えにされていっている。最悪。

「ま、そのうち同じ温度になるだろ」
「どんだけ長いこと握ってるつもり!?」

 助けを求めて顔だけ同僚に向けると、バンダナを直しながら呆れた顔で見られた。

「なんでもいいけど早くメシ食えよ」
「いや食べたいんだって!!」

君の恋はわかりにくい

 結局少ししてから漆羽さんはの両手を解放し何事もなかったように食事を再開したけれど、の手の温度はなかなか元に戻らなかった。

 腹が立って「一週間くらい食事の席で醤油を渡すようお願いされても無視してやろう」と思ったのだけれど、聞こえないふりをするたび冷たい体温が思い切りの手を握りしめて人質にするので、早々に諦めることとなった。最悪な学習をされている。
 どうにかして冷え性男に仕返しする方法を見つけなければいけない。誰かの手をマグマみたいな温度にする妖術でもかけてくれないかな。醤油を沸騰させてやるのだ。