しあわせいかつ

「あれ? 手、怪我したの?」

  トーナメントから戻ってきた俺の手の傷に恋人が気づくのは、思ったより早かった。そこまであからさまにしてた気はなかったんだが、流石に一緒に暮らす仲なら気づかれても仕方ない。俺が帰ってきてすぐに、いつもより左手を庇っていることに注意が行ったようだった。

「……刃物で切った」

 御前の護衛をしていることはもちろん知られているが、不必要な心配はさせたくない。だが、嘘もつきたくない。そんな欲張った思考の末、迷った挙げ句に嘘じゃないがかなりボカした返事をした。
 歯切れの悪い言葉に、は疑うように俺をじろりと睨んだ。
 俺の手首のあたりを両手で掴んで──俺の腕が太いせいで片手だと心許ないんだろう──手のひらにも手の甲の方にもひっくり返してじっくりと傷を見られる。されるがままにしていたら、数秒後に悲鳴みたいな声を出された。

「切ったっていうか切り落とされてない!?」

 よく見れば指の付け根まで縫い目が走っているのは簡単に分かる。ここまで来て否定もできない。黙ったままでいるのを肯定と受け取ったらしいは眉を下げた。

「何で切ったの?」
「……刀」

 結局全部言っちまった。何もボカした意味がない。
 俺の返事に目を丸くして、は自分まで痛そうな顔をした。……こういう顔をさせたくねえから言いたくなかったんだ。

「素手で刀と闘ったの!? 無茶するなあ~」
「まあ、俺が勝ったがな」
「それはそう思ってたよ、ミノルさん強いんだし」

 こともなげに言うのに少しだけむず痒くなる。コイツはいつだって俺の勝利を信じて疑わない。

「あ、なんか細長いもの持って帰ってきたなって思ったけどもしかしてあれ刀?」
「ああ。もらった」
「銃刀法とか大丈夫かな……」
「もう届け出したから問題ねえ」


 そう話したのが数時間前のことだった。
 夕飯時の18時過ぎ。今、隣に座るは白米が盛られた俺の茶碗と箸を持ってこちらに腕を伸ばしている。

「……なんだこれは」
「口開けて」

 いつも食事の時は向かい合って座っているから、横にいられると違和感が大きい。少しだけのけぞって白米の載せられた箸先から顔を逸らした。

「もしかして手を怪我してるからか? 利き手じゃねえんだが」
「お茶碗を持つ手ではあるでしょ!」

 身長差が大きいせいではかなり限界まで腕を伸ばしているが、少しも気にしていなかった。俺が口を閉じたままでいても全く諦める様子がない。

「別に自分で持てる」

 確かに傷は深いが、神経もとっくに繋がってる。そこまで配慮するようなものでもない。茶碗なんて軽いものなら尚更だ。
 だが、は引き下がらなかった。

「じゃあミノルさんはが指落としてくっつけてる最中だったらどうする? 自分でご飯食べろって言う?」
「……」

 絶対に言わないだろう。誰かのせいでそうなったんだとしたらまず元凶のソイツを半殺しにして、にはしばらく何も持たせない。完治した後でも、俺が傍にいたら箸より重いものは俺が持つようにする。
 だがそもそも俺とお前じゃ身体も違えば立場も違う、怪我をするのが当たり前の仕事なんだと言えなくもなかったが、見上げる視線は真剣で、無下にするにはあまりに真摯だった。

「……わかったよ」

 小っ恥ずかしくはあるが、二人きりで他に誰かが見てるわけでもない。観念して背を屈め口を開くと、はほっとしたように笑った。

「何かお医者さんに傷について気をつけろって言われたことある?」

 聞かれて、指を治してくれた医療スタッフとのやりとりを思い返す。

「あんまり長いこと濡れた状態にするなとは言われたな」
「濡れる……そしたら洗い物はしばらくがやるね」
「悪いな」

 いつもは交代でやっている家事だ。謝るのに首を振って、は俺の口元に飯を運びつつ「他にあるかな」と考え込んだ。 

「……あ、お風呂一緒に入る? 身体洗ってあげるよ」
「入る」

 俺が間髪入れずに答えるのに、箸の動きが止まった。伸ばした腕を自分の方に戻して、は頬をかいた。

「そこは即答なんだ」
「そりゃそうだろ」

 少ししてまた動き出した女の耳は少しだけ赤い。
 迷惑をかけるのは本望じゃないが、怪我も悪くない。緩んだ口元から俺のそんな思いを読んだのか、はこちらを見上げて口をとがらせた。

「現金だなあ」

 赤い顔で睨んでも、かわいいだけだな。