ふたりの幕間はおわり

※夢主=TF

「……

 囁く声が聴覚機能を震わせる。外界からの刺激を受けて、スリープ状態だった神経回路が少しずつ起動していく。
 メモリの音声記憶、その大半を占める声だ。それなのに、ずっとずっと聞いてきた響きとどこかが違う。何が違うのか、の知っている語彙で表すことはできない。
 何度かアイシャッターを開け閉めして、ピントを合わせる。完全に目を開いて映った顔に、は小さく叫んだ。

「D-16……!」
「迎えに来た」

 銀色の装甲に見上げるほど大きなボディ。少し前にアイアコンから消えたD-16が目の前に立っていた。驚きにアイシャッターを限界まで開いたを見て、D-16はくつくつと笑った。慣れた動作での顔に手をやって、そのまま腕を引く。されるがまま、は自分の寝床を出て外へと歩みを進めた。

「分かってる、来たくても来られなかったんだろう? あの日君は地下で作業してたんだからな」

 あの日。しばらくいなくなっていたD-16がコグを手に入れて現れた、あの日。センチネルプライムの嘘と欺瞞が白日の下にさらされた、あの日。──全てが変わった、あの日。

 オライオンやエリータと共にアイアコンへと戻ってきたD-16は、センチネルプライムの悪行を明らかにした。ずっとコグ無しと馬鹿にされ“労働階級”と上位者に蔑まれてきたたちは、生まれたその時から持つべき権利を奪われていたと皆に知らしめたのだ。ただ、話はそこで終わらなかった。
 激昂したD-16はセンチネルを殺害し、オライオンでさえ地中深くに葬ろうとした。けれどプライムとして蘇ったオライオンは舞い戻り、ほんの少し前まで親友であったはずの二人は決別した。たった一週間ほど前のことなのに、ひどく昔のように思える。それから今日に至るまで、毎日のようにやることがあったからかもしれない。それまでもろくに休息を取れていなかったのに、たくさんのことが起きたせいでまた忙しくなっていたのだ。昨日と今日は、久々にちゃんと眠る時間ができていた。

がどこに居るか探すのに時間がかかって遅くなった。今はもう地下労働所で寝ていないだろう? 見つけるのに苦労したぞ」

 前と変わらない口調でへと話しかけるD-16の目は、知らない色をしている。以前のような親しみやすいオレンジではなく、刺すように激しい赤だ。警告を示すその色にはひどく夜の闇が似合っていて、それが怖かった。

「綺麗だ、とても」

 外に出たD-16は、手を繋いだまま私と向き合った。私の上から下までレンズに映して、穏やかな声が静かに言う。眼光を和らげて、D-16は笑った。
 マトリクスが蘇り、もコグを胸に取り戻した。変形できるようになり、ボディの形も大きく変わった。明らかに賛美の言葉であるのだから、感謝を述べるべきだ。実際、数え切れない程のサークルを過ごしてきた中で初めて生まれた時の自分の姿を取り戻したことは本当に嬉しかったし、そのきっかけを作ってくれたD-16には感謝している。それでも単純にありがとうと返すにはあまりにも事が複雑で、どう返すべきなのか分からなかった。
 口ごもるに気づいていないのか、それとも気づいていても気にしていないのか。D-16は言葉を続ける。

「それが本来の君の姿だったんだな。あの裏切り者がずっと奪っていた……」

 低い声に憎しみの色がこもる。繋いでいない方の拳が握りしめられるのに、彼の指の関節がミシミシと音を立てるのが聞こえた。
 アイアコンの英雄、皆のリーダー。輝かしいセンチネルプライム。だってもちろん彼を敬愛していたけれど、D-16は誰よりもセンチネルを尊敬して崇拝していた。そんな自分のヒーローが他の英雄達を死に追いやった張本人で、クインテッサ星人と繋がっていたと知った時のショックはいかほどだったのだろう。D-16は誰よりも真面目で優しいロボットだ。だからこそ、きっとその怒りはなどでは計り知れないほどに深いものになっているのだろう。光が眩いほど、闇もまた濃さを増す。

「スパークが軋む。アイツが俺やからどれだけ奪ってきたかを考える度にな」
「スパーク……?」
「俺達の中心にあって、源であるものだ。コグと同じくらいに、俺達を俺達たらしめるものだ」
「よく分からない……」
「分からなくたっていい、これから全部教える。だから、俺と行こう」

 コグを得て一回り大きくなったの手より、更に大きなD-16の手が絡めていた指に力を込める。嬉しいはずのその触れ合いがどうにも違和感をもたらすばかりで、自分で自分が分からなかった。

──」

 、どうすればいいのだろう。

? ほら、行こう。他の奴が起きないうちに」

 強い力にたたらを踏む。そのまま、今までしてきたようにD-16についていけば良いだけなのに、何かがの歩みを鈍らせている。それが一体何なのかも分からないまま、言葉は口をついて出た。

、行けない」
「……なんだと?」

 聞いたことのない、ぞっとするほどに硬質な声だった。誤って感知した情報を正すように、D-16のアイシャッターが降りる。ゆっくりとまた開いて見えた赤い輝きは、明らかに怒りを宿していた。

「俺の聴覚機能の問題か? それとも君の音声回路の不調か?」
「どっちでも、ない……」

 咄嗟に出た言葉であったのに、音にした途端行かない以外の選択肢はないのだと自分の奥底で理解してしまった気がして、途方に暮れた。俯くの両肩を掴んで、D-16は無理矢理目を合わせた。

「どうしてだ!!」
「だってもう、あなたはの愛したD-16じゃない……」
「っ!」

 D-16は──メガトロンは驚愕したように声を漏らした。一瞬のちに、苦々しげに目が細められる。
 触れあった所から感じる微弱な電流はよく知る彼のものとほとんど同じなのに、どこかが決定的に違う。胸元にできた傷も、赤く光る目も、彼の大きな身体を巡る力も。すべて、の愛しているD-16とは違った。優しくて、生真面目で、お人好しなD-16ではない。彼はあの日自分で名乗ったとおり、もうメガトロンに成ったのだ。
 の肩を掴んだまま何かを耐えるようにしばらく押し黙った後、彼はぱっと手を離してから距離を取った。

「それが君の選択なんだな。ここまで迎えに来た俺に対する、君の答えか」
「……」

 痛みを纏った声だった。いつも快活で優しかったD-16からは聞いたことのない、うめき声に似た声。

「……と地上に行きたかった。美しくも危険で壮大な地を、新しく手に入れた力を使って君と共に駆け抜けたかった」

 装甲の下、何かが軋んでいる。コグではない何かが、の中で異変を伝えるように異質な動きをしている。問題なく全てのシステムは動いているはずなのに、ひどく苦しくてたまらない。

「でも、お前に俺はもう必要ないんだな」

 こちらをひたと見つめる目には最早憎しみに近い光が宿っている。愛していた者が、はっきりとした敵意を持ってをその赤い目に映している。どこも傷ついていないのに、体の奥底が痛む。

「それならもう、俺もお前などいらない」

 そう吐き捨てて、メガトロンはに背を向けた。

「待って」

 大きな背中が動きを止めた。けれど振り向いてはくれない。それでも無視することはせず、メガトロンは歩みを止めたままの言葉を待っている。そんな所がまだ愛しくて、どうしようもなく悲しい。

「……さようなら」

 ぽつりと落とした別れの挨拶は、しっかりと彼に届いたのだろう。返事は無かったけれど、これがきっと最後の逢瀬なのだろうと私も彼もよく分かっていた。
 肩を震わせて、何かを振り切るように一歩踏み出してからメガトロンはその身を翻した。滑らかにボディが形を変え、輝く戦車へと変身を遂げる。

 初めて聞く駆動音を響かせて、車体はアイアコンの道を駆けていく。
 暗闇の中、小さくなっていく車体を見つめながら結局スパークが何なのかよく分からないままだと気づく。何度も何度も起きていないはずのないエラーを訴えるこれがそうなのだとしたら──やっぱり、痛みという形でそれを教えてくれたのはD-16ってことになるのだろう。
 どこまでも律儀で、の愛した男らしい土産の残し方だった。