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現在の拍手お礼文は白黒無常(第五人格)の一種類です。前回の拍手お礼の続きです。


※現パロみたいな現パラみたいな何か



 あれほど倦んでいた暑さも、過ぎればどこかものさびしい。……としんみり言うにはまだ夏の気配が色濃く残っているが、9月になれば暦の上では秋と呼ぶに相応しいだろう。日が暮れるのも随分と早くなった。考えてみれば夏至からもう2か月以上経っているし、今の日の長さは4月頃と変わりない。夏の果てが近づいているのだ。日が沈めばその思いを強めるように風の温度が下がる。頬を撫でる涼しさに、猫のように目を細めた。

 久々に友人と会った休日の帰り道、最寄駅から自宅へと戻る道のりをいつもとは少し変えてみようと、普段は通らない小道に入りつつ歩みを進めていた。多少慣れてきたとはいえまだ越してきてから1年も経っていない町には知らない場所がたくさんある。ろくに近所探険などもしていなかったので、きょろきょろと周りを見回しつつ歩む。迷ったらスマートフォンの地図機能に頼ればいいだろう。
 ふらふらと歩くうち、月のごとく晧い光が行く先にある建物から漏れだしていることに気付いた。明るさからして、道路に面した部分が全面窓ガラスになっているように思える。店だろうか、と当たりをつけつつ建物の前まで歩みを進めて、光の出所を確かめるべく目を向けた。

「……わぁ」

 思わず声が漏れた。
 店、といえば店だろうか。そこにあったのは画廊だった。かなりこじんまりとしている。恐らく常に決まった展示がされているのではない、貸しギャラリーという類のものだ。外を歩く人に興味を持ってもらうために壁が一面ガラスになっているのも道理だ、と透明な一枚向こうにある目を凝らして芸術品を見ながらひとりごちる。
 画廊かぁ。せっかくだし、入ってみようかしら。けれど、特に買う意思もなく入ったら邪魔に思われるかも。それでも借りてる狭いアパートの壁に絵を飾るような余裕も予算もないし……。うんうんと悩みつつも、視線を外して散策に戻ろうとも思い切れない。
 建物の中には数人の影がある。その中の一人はひどく背が高くて、長い髪をしていた。……どこかで見たことがある気がする。顔も見えないのに何故そう思うのだろうか。我ながら不思議に思いながらもその人の背中を見つめていたら視線を感じたのか、彼はこちらを振り向いた。
 あ、とまた声を出してしまう。目が合った彼も、同じ形に口を開けていた。あの、夏祭りの炒麺の屋台のお兄さん──茫無咎さんだ。
 数秒固まった後、慌てて頭を下げる。同じく微動だにせず目を丸くしていた彼は、それを見て大きな歩幅で、けれどゆったりとこちらへと向かってきた。自動ドアから出てきた無咎さんは私の前へと立って、精悍な顔を綻ばせた。

「驚いたな、こんなところで会うとは」
「覚えてらっしゃいます……?」

 私は客側だった上に炒麺を食べる時椅子まで貸してもらったので覚えているのに不思議はないが、彼にとって私はあくまで忙しいあの日の客の中の一人でしかない。しかし恐る恐るの問いかけには予想外に大きな頷きが返ってきた。

「もちろん。祭りぶりだな」

 淀みのない返事に、心がじんわりと喜びの熱を灯す。

「はい、お久しぶりです無咎さん」

 名前を呼ぶと無咎さんの柳眉が優しく下がった。

「どこかに向かう途中か? そうでなかったら見ていくといい」

 そう言って、ガラスの向こうを長い腕が指し示す。先に居た人にそう言ってもらえるとどこか許されたような気分になる。嬉しくなって頷き、私も無咎さんと一緒に画廊へと入った。

「無咎さん、よくここに見に来られるんですか? 美術館や画廊がお好きとか?」

 清潔感のある白い壁に並ぶ作品をしげしげと見ながら隣を歩く彼に尋ねる。

「それもそうだが、今はここに俺と必安の作品を置いていてな」
「えっ! そうなんですね」

 予想外の答えにびっくりしたけれど、そういえば必安さんは詩を書くし無咎さんは書を嗜むと話していたと思い出す。芸術を好む二人なのだろう。

「ああ。これは必安の描いた絵だ」

 ちょうど私のすぐ横にあった水墨画を節ばった細い指が示すのに、視線をそちらに向けた。
 黒の濃淡のみで描かれた景色が、額縁の中に収められている。うつくしいその絵は哀愁を帯びているが、目を離せなくなるような魅力に満ちていた。

「素敵……」
「そうだろう」

 口から零れ出た言葉に、描いた本人ではない無咎さんが嬉しそうに相槌を返す。どこか誇らしげな様子がかわいらしくて思わず微笑んでしまった。
 絵の説明をしようとしたのかまた口を開いた無咎さんの名前を呼ぶ声が聞こえ、二人でそちらの方を向く。控えめな足音を響かせて画廊の奥から現れたのは、壁にかかる絵の作者だった。

「ああ、いた。さっきも呼んだんですが──」

 穏やかな声が途切れる。無咎さんの隣に立つ私の姿を認めた必安さんは何度か瞬きをして、にっこりと優美な笑みを浮かべた。

「これはこれは。祭り以来ですね」

 彼も私のことを覚えている! 二人とも随分と記憶力が良い。驚きつつも先程と同じように軽く頭を下げて挨拶をした。

「はい、こんばんは必安さん」

 宝石のような瞳が喜色を纏う。長い足を動かして、必安さんは私の前へと立った。

「名前も覚えていてくださったんですね。嬉しいです」

 にこにこと笑う必安さんは無咎さんと同じに大きい。私に圧迫感を与えないためか、彼は少し屈んで首を傾げた。

「ここにはよく来られるんですか? それとも初めて?」
「初めてです。こんなところに画廊なんてあったんだ、って外から見ていたら中にいた無咎さんと目が合って」
「なるほど」

 でかしたとでも言うように、必安さんは無咎さんの肩をぽんと叩いた。

「もう無咎から聞いているかもしれませんが、私達の作品が色々置いているんです。せっかくですからゆっくり見ていってください」

 明日も休みだし、断る理由は一つもない。大きく頷くと、二人の目が少し不思議に光ったように見えた。




もう1回くらい続くかも。

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