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「あっ、さん」
「……輝気、くん?」

 久しぶりに会った年下の幼馴染みは、頭が二倍の長さになっていた。

1. 知りえない心

 輝気くんはにとって、家が向かい同士の幼馴染みだ。は五歳ぐらいの時にここに引っ越してきて、それ以来ずっと家族ぐるみの付き合いをしている。
 もっとも輝気くん自身に会うのは久しぶりだ。というのも、中学校に上がってから彼はアパートに一人暮らししているらしい。輝気くんのお母さんは輝気くんのことを自慢にしているから仲が悪いわけでもないんだろうに、不思議な話だ。以前それとなくのお母さんが理由を聞いたらしいけど、上手いことはぐらかされたらしい。
 輝気くんは昔からしっかりしていると評判で、近所一帯では子供を叱る時は「テルくんを見習いなさい!」が決まり文句だったぐらいだけど、そんな輝気くんでも中学生で一人暮らしなんてしっかりしすぎだと思う。高校生でも大変なことだろうに……家事全部を一人でこなしているんだろうから、素直に尊敬する。
 そんな男の子と、は久しぶりに会話している。

「輝気くんだよね?」

 声をかけられたから立ち止まっていたんだけど、振り返って後ろにあった姿に念のためもう一度尋ねた。

「うん、久しぶり。今帰るとこなの?」
「……あ、うん」

 不自然に盛り上がった頭部から目を逸らして答えた。立ち止まっていたの隣に輝気くんが並んで、二人でまた歩きだす。黒酢中の制服であるブレザーは、も一昨年まで着ていたものだ。少し懐かしい。学校が変わってない上にこの道を通るということは、実家からそう離れていないところにアパートを借りてるんだろう。
 いや、そんなことより輝気くん一体その頭どうしたの……
 確か前に帰り道で見かけた時は普通の頭をしていた。それから今日までの間に一体何があったのか。

「……さん、さん。ねえ、聞いてる?」
「……あ、ごめん何かな?」

 異常な頭部に思いを巡らしていて、輝気くんが喋りかけているのに気づかなかった。くりくりした猫目がすぐ近くにあるのにびっくりして体を引く。

さんは最近高校どうなのって聞いたんだ。この前学祭があったんだよね?」

 びくりと体を動かしたに苦笑して、輝気くんは言った。
 ほんの少し頭を傾げて尋ねる仕草に、どこか違和感というか、不思議なものを感じた。……いや、頭頂部的な意味じゃなくて。

「あ、うん。先週の土曜に。うまくいったけど、輝気くんは来てたの?」
「ううん、僕はちょっと色々あって行かなかった。さんのクラスはどんな出し物したんだい?」

 積極的に話してくる姿に、さっきより更に違和感を覚える。
 勘違いじゃなければ、輝気くんは昔からのことをあまりよく思ってないはずだ。

 基本的に人当たりが良くて礼儀正しい輝気くんだけど、なぜかとは小さい頃から妙に相性が悪いというか、一方的に気まずさを感じられていた覚えがある。喋っていてもちゃんと目を見てくれなかったり、ぶっきらぼうだったり。そこまであからさまに嫌がられたり邪険にされるわけではないけれど、輝気くんと喋っていると早く終わらせてこの場を去りたいなーと思ってるのが伝わってきた。いつ頃からだったのかはよく覚えてないけど、輝気くんが小学校に入る前からそんな感じだったのは確かだ。特に嫌がることをしたり、怒らせた覚えはないんだけど、単純にの性格が気に入らなかったんだろうか。
 は輝気くんを特に嫌ってはいなかったけど、だからといって無理に親しくしようとも思わなかったから輝気くんが小学校低学年の頃からほとんど喋った覚えがない。学校の外で会っても、お互いに何となく頭を下げるような手を振るような、その程度の付き合いしかなかった。そんな輝気くんが、話しかけなければ気づかなかった距離にがいたのにも関わらず自分から声をかけ、更に積極的に会話を続けている。おかしい。何があったんだろう。
 気になるけど、だからといって「なんで今日そんな親しげなの?」といきなり聞くのは失礼だし。まあ、無視されるとかよりマシなんだしいいか。

「王道だけど、喫茶店。楽しかったよ」
「へえ、僕も行けばよかった。あ、さんはここ左に曲がるよね?僕右なんだ」
「あ、そうなの?」

 もともと家から10分ぐらいの所で出会ったから、別れはすぐだった。家まであと5分くらいの曲がり角で道が分かれた。やっぱり実家の本当にかなり近くに住んでいるらしい。週末は帰ったりしてるのかな。右の道をちらりと見てこちらに目を戻す輝気くんに、は軽く手をあげた。

「分かった。じゃあ、ここで」
「あっ待って!」

 焦ったような声と共に、歩き出そうとしたの目の前にいきなり手が出された。驚いて動きを止めると、手の主の男の子は「あ…」と小さく声を上げ、狼狽したように急いでその手を引っ込めた。そのままもう片方の手を口に当てて黙りこむ姿に、思わず首を傾げる。
 どうしたのか疑問に思いながら私が見つめる中たっぷり30秒は考え込んで、ようやく輝気くんはその口を開いた。

「……送っていくよ」

2013.9.14
一歩一歩近づくお話になる予定。