/ / /
輝気くんと別れてすぐ、家についた。なんとはなしに向かいの家に目をやってから玄関の鍵を開ける。
「ただいまあー」
玄関の鍵を閉めて靴を脱ぎながら声をかけると、リビングの奥から返事が聞こえた。廊下を進んでリビングのドアを開けるとソファに座っていたお母さんが手を振る。テレビの画面に映っているのは二時間サスペンスだ。
「どうだった?学校」
「んー特に。でも帰り道に輝気くんに会ったよ」
「へー、久しぶりじゃない。元気そうだった?」
「うん。ちょっと身長……?が伸びてた」
「成長期の男の子だものねえ」
お母さんはうんうんと頷いてお茶を啜った。……あの頭の伸び方は成長期と関係あるのかな。
他愛もない会話。ふと、輝気くんにはこういう会話が普段ないんじゃないかと気づいた。家族と離れて、一人暮らし。まあ輝気くんは昔から周りに人の集まる子だったから中学でもきっと楽しくやっているんだろうけど、友達と家族は別のものだ。いくら大人びていても寂しさを全く感じないことなんて無いはずだ。それでも一人暮らしをするのって、なんでなんだろう。すごく今さらな疑問だけど、気になる。
今度会えたら、聞いてみよう。その日はそんなことを考えながら布団に入った。
▼▼▼
数週間後。
特に変わったこともなく普通の1日を過ごし、最後の授業が終わって帰る支度をしていたに声がかかった。
「、ちょっと!」
教室の入り口からの名前を呼んだのはクラスメートの子だった。少し前に教室から出たとこを見たから、一回校舎から出たのに戻ってきたのかな。
「どうしたの?」
鞄に荷物を詰める手を止めないままそう聞くと、彼女はつかつかとこちらに向かって歩いてきた。
「校門の所に黒酢中の制服着た子がいて、のこと探してるの!」
に年下の知り合いはあまりいない。その上、
「黒酢中……」
ということは、十中八九あの子のはずだ。ただ一つ気になるのは、なんで彼女の声が切羽詰った響きを帯びてるのか。そう思った瞬間、彼女はの両肩を強い力で掴んだ。
「アンタ黒酢中の裏番と知り合いだったの!?」
「うらばん?」
尋ねようとした質問を声にする前に耳慣れない言葉を聞いて、ガクガク揺さぶられながらは首を傾げた。うらばんってなんだろう。プラバンみたいな響き。 が意味を分かってないことを見て取ったのか、彼女は言葉を続けた。
「裏番長! 黒酢中の不良達の頂点に君臨する裏番よ!!」
「えええー……何それ」
説明を聞いて余計に分からなくなった。輝気くんが不良?ちょっと信じがたい。ちょっと不良っぽいことをしてる、とかならまだしも不良の頂点?いやいや。
そこまで思ったところで、違う考えが浮かんだ。今彼女は、番長じゃなくて裏番長って言った。裏ってことは(は不良のこととかよく知らないからあくまで想像だけど)表に立って不良達を指揮するわけじゃなくて、番長より更に上の立場にいて、彼らを裏から支配するみたいな感じのことをするのかもしれない。……どうしよう、輝気くん昔から頭がいいしリーダーシップもあるから、そういうのとっても似合う。
「……とりあえず、校門行くよ。ありがとう」
迷ってても仕方ないし、鞄を持って向かうことに決めた。
「気をつけてね!!」
「うーん……」
教室を出てから廊下を進んで、階段を降りて。下駄箱から革靴を出して上履きと履き替えて、校門までの道を歩く。考えるのは当たり前だけど幼馴染の男の子のことだ。小学生の時から知っている、でも本当はよく知らない男の子。
ずっとのことを嫌ってるんだと思ってた。それなのになぜかこの前は自分から声をかけて、話を続けようと頑張ってくれて。一体何が、彼にあったんだろう。
思いを巡らして歩く内に、校門の向こうにたたずむこの学校の制服とは違う青の背中が見えた。距離が縮まって次第に鮮明になる後ろ姿はやっぱり茶色の髪をしたあの子のもので、は歩みを小走りに変えた。
2015.01.29